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Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

コメ、拍手コメ共に、過去記事にも遠慮なく投稿いただけたらと思います
レスは「コメをいただいた翌々日までにお返しする」ことを自分に課しておりますが、諸事情により遅れる場合もございます
でも必ず書かせていただきますので
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メロディ12月号の「秘密 -トップ・シークレット2008- 特別編 Copy Cat」を読んで、ちょっと思ったことがあります。
デリケートな話題なので、先日の感想には入れるのを迷いました。
別に、こちらに書いていきたいと思います。


「『人を殺したい』と思った時に たまたま前日に見た映画で カッターを使っていたから カッターで人を殺した-」

「それと同じ 手口を真似しただけです」

「カッターで人を殺す映画を『見たから』『人を殺したくなった』わけではない-」

青木のセリフは、自分の、雪子への気持ちをかけた物ですが、このセリフは、私が常々思っているものでもありました。

以前、少年による猟奇的な事件が起きた際、その少年がナイフを使った理由について、あるドラマで主人公がナイフを持つ仕草がかっこ良く見えたからだと言ったそうです。
このドラマは、その後、再放送が中止になりました。

私もこのドラマを見ていたのですが、確かに、主人公がナイフをパチン、パチンと開閉するシーンは印象的ではありました。
人によっては、魅力的にも見えたかもしれません。

でも、実際にそのナイフで人を刺すシーンが出てきたわけではなく、また、その仕草によって主人公のキャラクターやその時の心情を表す意味もあり、私の個人的な見方から言えば、無駄に暴力的な物を喚起させるものではありませんでした。

でも、被害を受けた遺族や関係者の立場に立ってみれば、少年がそう証言した以上、再放送なんて言語道断、少しでも事件の原因になった物は、全てこの世から抹殺したい位の思いだろうとは、察するのですが。

そしてまた、思い出すのは、メロディ8月号。
「秘密」の欄外に、「今回の原稿は諸事情により修正を加えて掲載されています。残念ですが、社会的影響を考えてこのような決定となりました」と、ありました。

どのシーンをどのように修正したかについては触れてませんでしたが、発売前に、痛ましい事件が起こったことから、容易に想像は付きました。
事件の被害者や関係者のことを思えば、当然のことかもしれません。

確かに、この世の中、あまりにも簡単に、暴力的なシーン、猟奇的なシーンが目に入ること、ストーリーに関係なく、そういったシーンを見せる為だけに作られた物も氾濫していることには、そんな物が果たして必要なのかと、大きな懸念を覚えます。

そういった物に、知らず知らず影響を受け、感覚が麻痺していく人も中には居るだろうと、社会への影響を考え、恐いとも思います。

でも、犯罪の様子をしっかりと描くことで、その後、読み進めていくと、人物の背景や心情にもつながっていく・・そういうちゃんとした目的を持って描く作家のものでさえ、修正されてしまうというのは、読者にとっても、作家にとっても、不幸なことではないかと。

もちろん、今回の決定は、様々なことを考慮した上で、仕方が無かった、妥当な決定だったと、私も思うしかありませんでしたが。

暴力的シーンに限らず、私が普段から懸念している物に、対戦型のアニメがあります。

カードや、その他様々なアイテムから、戦うモンスターを選び、敵のモンスターと戦わせ、勝利を競う、そんなアニメが、かなり多いと感じます。
放映時間的にも、キャラクター的にも、かなり低い年齢層をターゲットにしている物も。

作り手にしてみれば、「はじめにスポンサーありき」で、キャラクター商品を販売する為には、そういう内容になるのは、仕方ないらしいのですが。

あまりにも簡単に登場するモンスター、そして簡単に死に、時には簡単に復活する。
登場させた人間達は、自分の出したモンスターが負けても、くやしがりはしても、哀しむでもなく、また違うモンスターを出して、次々と戦わせる。

昔から、対戦型のアニメとというのは数限りなくあったけれど、でも、戦うのは人間達自身で、負けたら傷つくのも自分達人間だった気がします。

それが今は、自分が戦わず、代わりのモンスターに競わせ、あまりにも簡単にその生死が分かれ、そして、競わせた自分達自身は、傷付くこともない。

暴力的シーンは確かに抑え気味で、その点では問題ないと判断されるのかもしれません。
でも、幼少の頃からこんなアニメを見て育つ子供達に、一方で「命の大切さを理解出来ないのは問題だ」と報道するメディア。

そして、何か事件が起こった時にのみ、急に、そしてやみ雲に、規制を促される風潮。

・・・考えてしまいます。

テレビ、ラジオ、映画、新聞、本、漫画・・・様々なメディアが提供する、様々な情報や娯楽・・。
そして、それらが社会に及ぼす影響・・。

一体、規制すべき物は何なのか。
情報や娯楽を受け取る側は、それらをどのように受け止め、どう判断していったらいいのか。
送り手と、受け手、双方で考えていくべきことかなと思います。

青木がもう一度取り組み直すことを決意したこの犯罪が、どういう方向に向かうのか。
見守りたいと思います。



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コメント

■ 

う~ん。難しい問題ですね。

私が小さい頃は、マンガやドラマは現実と別物だと思っていました。
だから、変な部分があっても、「マンガ(ドラマ)だから」ですませられたのに、最近は、それを許してくれない。
ある漫画家さんが、暗殺者が主人公のマンガを書いた時に、ワンカットのピストルを書くだけのために何冊もの資料が必要に…間違ったことを書くとクレームがくるので、部屋には色々な資料でいっぱいになってしまって大変だと。

ドラマでも、医療者の監修が入っているにもかかわらず、間違った行為をしたら苦情が…
そのため、どんどんリアルに近くなって、そのドラマ(マンガ)に影響をうけて犯罪を犯してしまったので規制するって、変だと思います。

>でも、被害を受けた遺族や関係者の立場に立ってみれば、少年がそう証言した以上、再放送なんて言語道断、少しでも事件の原因になった物は、全てこの世から抹殺したい位の思いだろうとは、察するのですが。

確かにそうなんですよね~

>そして、何か事件が起こった時にのみ、急に、そしてやみ雲に、規制を促される風潮。

確固たる規制のラインもなく、中途半端に実施するというのも疑問ですよね。
だからといって、そのラインをちゃんと決められるかと言ったらそうではない。
難しすぎて、まとまらなくなってしまいました。すみません。





■ 難しい問題ですね。

こんにちは。かのん様。

私も考えます。
色々な事が多い世の中。全てを隠すばかりが得策でない。と思います。
残酷な現場を不必要に見せるというのではなく、「この様な事が起きないように皆で頑張ろうね。気を付けてようね。」と教えることも大切ではないでしょうか?

例えば、食の問題では、幼児の頃は、ただ命の大切さを教える。
小学生になったら、私たちは動物の肉を食べて生きている。ということを教える。
始めは驚くでしょうが、そこで生きていく、ということの重みを少しずつ理解していくのではないでしょうか?

ゲームなども、無意味に残酷なものがふえていますが、現実と架空の世界の境界線が理解できれば問題はないと思います。後は、一人でなく、家族の目があれば…。

難しい問題ですね。

前のコメレスの話で恐縮ですが、私の薪さんLOVE秘密の事、やっぱり所々に出てしまいます(^_^;)
「まき」という単語に反応したり、ケータイ見ながらニヤニヤしたり、子供に覗かれると画面隠したり。思いっきり怪しまれています(°□°;)

百人一首の「忍ぶれど 色に出りけり~」みたいです。それとも、「このくらい思っていれば~」(今更ですが、図書館で泉鏡花集成借りてます)ですね。きゃ(≧∇≦)

■ 

私も常日頃から考えてることです。
まさにその通りだと思います。

私は、小学校低学年の頃からゲームや漫画やアニメなどが大好きでした。
大好きなまま大人になりました。
でもそれに影響を受けて誰かを殺したいと思ったことは一度もありません。
別物ですから。

何十年も前から暴力的な表現はあったと思います。
テレビが白黒の時代以前からも。

なぜ昨今になってこんなに問題になってきたのか?

それはただメディアに品がなくなってきただけだと思ってます。
視聴率を稼ぎたいがために、そういうダークな部分、面白そうな部分だけを取り上げるようになったのだと。

マスコミって卑怯なんですよね。
インタビューだっていろんな人にたくさんしてると思います。
でもその中でも一番面白そうな意見だけ拾って流すんですよね。
だからその意見が“全ての人間の代弁者”みたいに思われてしまう。
もの凄い影響力を持ったマスメディアはまさにモンスターです。
警察も恐れてる。だから、冤罪だってなくならない。(それはまた別の話ですが・・)

私も広告の世界に入ってはじめて知りましたが、
ほとんどが嘘っぱちなんです。

視聴者インタビュー、芸能人のインタビュー、雑誌の取材記事、作家の本なんかも。
コピーライター、ゴーストライターが書いてます。
会社の人間全員、偽名で結婚情報誌に写真載せられたことあります。
会社の同僚が田村亮子のインタビュー記事を書いてました。
著名な先生の本を知り合いのゴーストライターが書いてました。

そしてそれを知らない人が多すぎる。
マスコミによって巧みに操られ、誘導させられている。

何が本当で、何が嘘なのか?
これは私たち一人ひとりが冷静に見極めないといけない問題です。


あぁ・・コメントで珍しく深刻な話をしてしまいました・・
こういうこと書くといろんな価値観持った人がわらわらと寄って来て、荒れたりするから恐いんですよね(^^;
でもかのんさんと私、同じ意見だったのが嬉しかったです(^^)

■ 

難しすぎる問題で、ずっとコメントをためらっていました。

いろいろ考えてはいたのですが、結局のところ、何を作って何を流そうとも、情報とはそれを受け取る側の鏡のようなもので、是を非と取る人もいれば、非を是と取る人もいる。

つまりは人間性なのかな・・・という結論に至ってしまいます。

凶悪犯が犯罪に関連する事柄を読んだり聞いたりしたときの脳の働きをサーモグラフィで調べます。
その人がどこに興味を示すかが、サーモグラフィを見ることによって解析できます。
次に、そういった凶悪犯罪をプロファイリングしている研究者の脳の働きを調べてみると、興味深いことに、研究者の脳は凶悪犯の脳と同じ働き方をするらしいのです。
両者は同じ箇所に同じように反応を示すということです。

一方は凶悪犯、一方はプロファイルする研究者。しかし脳の働き方は同じ。
これが何を意味するのか。
同じ興味のベクトルを向いていても、犯罪を犯すか犯さないかは、また違う問題も関わってくるということなのではないかと私は思いました。

しかし・・・これは蛇足になりそうですが。

スピリチュアルな観点だと、本人が犯罪を犯していなくても、そういった人々に関わっていると、研究者であれ、凶悪犯の出すオーラ?みたいなものに感染してくることはあるようです。江原さん談。
何だか第九の「死者の脳を見ることによってその人の念がうつる」に似てますね。

真偽はともかくも、まだ確固たる自分の人生哲学も持たない子供たちに、あまり過激な表現のものを見せるのは、やはり控えるべきだと私は思っています。
引きずられても仕方ないかと。

その線引きをどこにするかは、また難しい問題だとは思いますが・・・

って、何か話がずれちゃってますかね??
すみません・・・

■ 

人を殺す映画を『見たから』『人を殺したくなった』わけではないけれど、きっかけには成りうると私は思います。
多分、人によってはいくらそんな映像を見ても平気でしょう。
でも人によっては、精神状態によっては、感化される可能性は高いと思うのです。
特に未成年にはもっと規制して欲しいですね。
子どもは学ぶと思いますよ、対戦型のアニメ、暴力的シーンから。

でも木村くんのバタフライナイフでドラマ封印は行きすぎだと思うし、どこまで規制するかは本当に難しいです。
私はそんな少年の発言を報道する方がどうかと思いました。
マスコミって、面白おかしく煽る記事が多すぎる気がします。
世の中を良くしたいなんて全然思ってないんですよね。

■ 

コメントするのも難しい問題だと思うのですが、それにも関わらず、コメントくださって、ありがとうございましたm(_ _)m
皆さん、それぞれに色んな視点から考えてらして、コメントを一つ一つ、じっくりと読ませていただき、私も改めて色々と考えることが出来ました。


○ようこさま

コメントありがとうございます。

リアルに描かなければクレームが来るというお話、興味深く読ませていただきました。

そうなんですよね、現実とは別物。
でも今は、それでは許されないことも多い。
そしてリアルになり過ぎて、益々現実との境が無くなっていく・・。
なる程と思いました。

そうなんですよね、「確固たる規制のラインがない」。
だから、必要と思われないところにも規制が必要になり、かといって、「そのラインをちゃんと決められるかと言ったらそうではない」
本当にそのとおりです。

いえいえ、私自身、自分の中でまとまっていない状態で書いた記事なので・・にも関わらず、真剣に書いていただき、嬉しかったです(^^)


○たつままさま

こんにちは。
コメントありがとうございます。

>全てを隠すばかりが得策でない

本当にそうですね。

ちょっと話がそれますが、たつままさんのコメントで、ある人の活動を思い出しました。
その男性は、小学生や中学生位の子供達に、鶏や鴨等の世話をさせるんだそうです。
みんな、とても可愛がって。
そして、それをつかまえて、料理する。

かなりショッキングな体験なので、保護者同伴だそうですが、保護者も目に涙を浮かべながら、それでも「食べたら美味しかった」と。日常で自分が美味しいと思っていることを、深く考えたと。
子供達も、「食べる」「生きる」ということを、真剣に考えるんだそうです。

「命の大切さ」・・一言では表現出来ません。

>現実と架空の世界の境界線が理解できれば

そうなんですよね、そこを越えてしまうことが、問題なんですよね。

>家族の目があれば…。

これもとても大事だと思います。
監視の目を光らせるとかそういうことではなく、間違った方向に理解しないよう、家族に限らず、周囲全体との関わりが、たつままさんのコメントを読んで、とても大事だと思いました。

あ、やっぱりたつままさんの薪さん愛はあふれ出ちゃってますか(笑)
「忍ぶれど」この句、好きです。
たつままさんの今のご様子が、よく分かります(^^)

百人一首で一番好きな句は、「つくばねの 峰よりおつるみなの川 こひぞつもりて淵となりぬる」です。
「薪さんに対する恋心が、少しずつ積もり積もって、いつの間にか深い淵のようになってしまった」という句ですね!(←そう?)

泉鏡花、以前チャレンジしたことがありますが、あの文体が、読むのを目が拒否しました・・情けないです・・(TT)


○コハルビヨリさま

コメントありがとうございます。

私も常日頃から考えてるのですが、初めてこういった文章という形にしてみました。

>でもそれに影響を受けて誰かを殺したいと思ったことは一度もありません
>別物ですから

そう、それをきちんと分けて受け止められる、それが正常なんだと思います。

>メディアに品がなくなってきた
>視聴率を稼ぎたいがために

うんうん、きっとそうなんでしょうね。
なる程と思って、読ませていただきました。

もの凄い影響力を持ったマスメディアはまさにモンスターです

本当にそうですね。

コハルビヨリさんが、見て、聞いて、体験した様々な事柄。
とても興味深く読ませていただきました。
そういうこともあるだろうとは思っていましたけど、これ程とは。

私の友人も、雑誌社でアルバイトをしてる時に、広告を載せてる会社の人に、顔写真を貸してくれたら5千円あげると言われて、承諾したそうです。
ダイエットや美容に関する広告の、「私はこれで痩せました」みたいな体験談のところに載せるからと。
偽名を使うし、内容は会社で勝手に考えるからと。

私自身も、お勤めしている時、地方紙の取材を受けたことが数度ありました。
で、後からその記事を読むと、何だか違う・・丸っきりは違わないけど、でも、読む人によっては、私が話したことと、180度違うようにも取れる書き方を見て、分かったのは、相手は、「インタビューして、それを記事にする」のではなく、「記事に書きたい内容が決まっていて、インタビューはそれを書く為の手段に過ぎない」ということでした。

既に書く内容は決まっているので、その内容に合った発言だけを、取り入れているわけです。
私のような小物が、単に地方紙に載せられただけでこれですから、有名人のことを大手誌が載せる時は、もっとすごいことになってるんだろうな・・と、想像はしました。

>何が本当で、何が嘘なのか?
>これは私たち一人ひとりが冷静に見極めないといけない問題です。

本当です。コハルビヨリさんのコメントを読んで、改めて考えました。

>こういうこと書くといろんな価値観持った人がわらわらと寄って来て、荒れたりするから恐いんですよね

私も、書くのをちょっとためらいましたが、書いて良かったです。
幸いこのブログは、良識のある方々ばかりがいらして下さるので。
本当に恵まれていると思っております。


○さくやさま

コメントありがとうございます。

>結局のところ、何を作って何を流そうとも、情報とはそれを受け取る側の鏡のようなもので、是を非と取る人もいれば、非を是と取る人もいる。
>つまりは人間性なのかな・・・という結論に至ってしまいます。

・・そうですね!
あ、何だかちょっと、視界が開けたような感じです。
受け取る側の、人間性・・

凶悪犯と研究者に対するお話し、とても興味深く読ませていただきました。
同じように反応するとは・・。

そして、
>同じ興味のベクトルを向いていても、犯罪を犯すか犯さないかは、また違う問題も関わってくるということなのではないかと私は思いました。

なる程~~~。

>真偽はともかくも、まだ確固たる自分の人生哲学も持たない子供たちに、あまり過激な表現のものを見せるのは、やはり控えるべきだと私は思っています。
>引きずられても仕方ないかと。

そうですね。
何だか、さくやさんのコメント、読めば読む程、新たな発見が沸いてきます。

話ずれてなんかないです。
とても新鮮な気持ちで、読ませていただきました。


○原麻めぐみさま

コメントありがとうございます。

>人を殺す映画を『見たから』『人を殺したくなった』わけではないけれど、きっかけには成りうると私は思います。

なる程~~、そうですね。

>多分、人によってはいくらそんな映像を見ても平気でしょう。
>でも人によっては、精神状態によっては、感化される可能性は高いと思うのです。

上のさくやさんのご意見に近いですね。
さくやさんは、受け取る側の「人間性」とありますが、めぐみさんは、同じ人でも「精神状態」によっても違ってくると。

>特に未成年にはもっと規制して欲しいですね。
>子どもは学ぶと思いますよ、対戦型のアニメ、暴力的シーンから。

やっぱりそうですよね。
当たり前に、相手を傷つけ、仲間も傷つき、自分の生み出したモンスターが簡単に死ぬ・・しかも、とても暴力的な形で・・それは、影響力があると思います。

>でも木村くんのバタフライナイフでドラマ封印は行きすぎだと思うし、

あ、このドラマご存知なんですね(て言うか、みんな分かってるか)。

どこまで規制するかは本当に難しいです。

そうなんです、そこが難しいところだと思います。
人によって線引きが全く違うだけに・・・。

>私はそんな少年の発言を報道する方がどうかと思いました。

おおお・・なる程!
とても新鮮な意見です!
確かにそうですよね。

>世の中を良くしたいなんて全然思ってないんですよね。

マスコミに関わる全ての人がそうではない・・とは思いたいですけどね。
やっぱり、受け止める側も、ちゃんと考えなければと、改めて思いました。

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