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かのん

Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

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この度は、オリジナルストーリー「審判」をお読み下さいまして、どうもありがとうございましたm(_ _)m


冒頭にも記しましたが、今回、これを書くきっかけになったのは、みちゅうさんの創作です。
みちゅうさんが描くその世界の、渦巻くような深さに呑まれ、酔い痴れ・・感想をコメントしようと文を打っていたら、それはいつしか、この、鈴木さんの告白になっておりました。

優しいみちゅうさんにお許しをいただき、それはそのまま、当ブログの二次創作として、日の目を見ることになりました。

これは、どちらかと言うと、二次創作というよりも、私個人の、原作に対するキャラ考察と言えます。
なので、「二次創作」よりは「レビュー・考察」のカテゴリに入るのかもしれず、これを機に、「原作考察的二次創作」というカテゴリを設けました。

証言台に立ったかのごとく、「違います」から始まる告白と、与えられる罰の宣告。
それはまったく、みちゅうさんが描かれた形式に重ねて。

それをお借りするということは、冒険でもありました。
枠組みが同じということは、その中身の違いが、より、際立ってしまうから。
みちゅうさんの、底知れぬイマジネーションの世界と比べ、自分の解釈の浅さや、選ぶ言葉の軽さが、浮き出てしまうようで。

分かっていながら、それでも私は、書かずにはおれませんでした。
それは例えば、映画監督が、敬愛する監督の映画に対するオマージュとしての映画を、撮影するがごとく。

たとえ、出来た映画を見た人達が、元になった映画の足元にも及ばないと批判しても、撮影した監督は、そんなことは関係なく、きっと幸せであるように。

・・・鈴木さんと、あの事件に関しては。

一つの解釈を、私はずっと、持ち続けておりました。

鈴木さんは、最期に、その精神に本当に異常を来たしていたのか、そうでないのか。
自分の脳を撃とうとした理由、薪さんに発砲した理由は、その真意は何なのか。

「秘密2001」で描かれていたようで、その実、最終的な解釈は、読む人によって、かなり違っていると、これまでに、様々な方の考察を読ませていただいた限りにおいては、感じております。

薪と鈴木と雪子 第3章 後書き」や、「自覚の無い両想い」といった記事の中でも、書き連ねて参りましたが。

鈴木さんは、貝沼の脳の映像を一人で見て、そして、その映像が残った自分の脳を、破壊しようと試みました。
そして青木は鈴木さんのこの行動を、「あの画から、貝沼からあなた(薪さん)を完全に守るには、あとは自分の脳を撃つしかなかった」と結論付けました。

確かにそうでしょう。
鈴木さんは、薪さんを守りたかった。

でも、私は思うのです。
鈴木さんにとって、薪さんを「守りたい」という気持ちは、「薪さんの為」と言うより、「自分の為」だったのではないかと。

鈴木さんの精神が、あの時、一体どうなっていたか。

私は、鈴木さんは、青木が言っていたように、貝沼の脳を見終わった時には、その精神は「こわれていた」、貝沼によって「狂気の世界にひきずり込まれた」のだと、思っています。

先に死んだ、あるいは入院した、3人の同僚と同様、鈴木さんも、この世とは別の場所へ行ってしまう、一歩手前、ギリギリのところまで行っていた。
いえ、最後まで見終えた鈴木さんは、他の同僚以上に、とっくに限界点を、越えていたかもしれません。

でも、あの時、薪さんが見た鈴木さんは、他人を、薪さんを守ろうと、その意志を、持ちこたえていた。
それは、薪さんまで自分のように、変わってしまうことを阻止する・・その目的の為に、必死にこの世にとどまっていたのではないかと。

そう、私は、思っているのです。

鈴木さんは、貝沼の脳を見て、薪さんが、自分のように精神を壊す様を見たくなかった、鈴木さん自身が、薪さんが精神を壊すこと、薪さんを失うことが恐かったのだと。

それ位、鈴木さんにとって、薪さんは、大切な存在だったのだと。

恋人が出来ても、何ら変わることは無かった、薪さんへの、強い想い。
それは「友情」なのか「愛情」なのか、そんなことに関係なく、相手を、果てしなく大切に想う、気持ち。

でも、本当に相手のことを想い尽くすのであれば、自分の脳を撃つという、そんな残酷な役割を、薪さんに与えることは、無かったかもしれない。
それ以前に、自分の脳を破壊して命を絶つことが、既に他の全ての部下を失っている薪さんにとって、やはり残酷な仕打ちであると自覚して、もっと別のやり方を、模索したかもしれない。

でも、鈴木さんには、そんな、別の道を探している暇など、無かった。

今、薪さんを目の前にしたこの瞬間に、全てを破壊しなければ、間に合わないと。
薪さんが闇に呑まれてしまう、薪さんを失ってしまうと、その恐怖におののいていた。

「薪さんの為」ではなく、「自分の為」に・・・・

原作の考察であれ、二次創作であれ、この事件の前後の鈴木さんを書く、ということは。
ものすごく重い・・重い、試練でした。

だから、「薪と鈴木と雪子」も、この事件の手前で、書くことを終わりにしてしまったし。
他の方の、この事件を描いた創作や考察に対しても、いつも、苦しさのあまり、最後まできちんと読みきれない、あるいは、たとえ読んだとしても、まともなコメントを残すことは出来ず。

ずっとずっと。
逃げるような思いで。

今回、こうして書くことが出来て、自分の中で、一つの区切りが付きました。

私の思い描く鈴木さんは。
壮絶な最期を遂げたけれど、決して、不幸ではなかった。

薪さんが闇に呑まれ、自分が無事に生き延びていく方が、きっと、鈴木さんにとっては、不幸だった。
でもそれは、薪さんも同じ。
だから、薪さんは苦しんでいる。

そんな薪さんを、死後も、鈴木さんが見ているとしたら。
薪さんも自分も、想いは同じなのに、自分の方が、薪さんを失いたくないという身勝手な想いの為に、薪さんを不幸にしたと。

そのことが、きっと、一番辛い筈。

だから、その罰は、苦しむ薪さんを、見続けること。
薪さんが苦しむ限り、鈴木さんも苦しみ続ける。

言い換えれば、薪さんがその苦しみから、解放された時。
それがきっと、鈴木さんの罪が、昇華される時なのだと・・・・・

先日、メロディレビューの合間に、「エゴイズム」という詩を書きましたが。
これは、想いが通じ合った二次創作の薪さんと青木ではなく、今現在の原作の二人を見て、生まれた詩です。

薪さんの役に立ちたいと願い、薪さんの微笑みが、何より力になる青木と。
青木の存在に、未来を見出し、幸せでいてほしいと願う薪さんと。

そして今回書いた、鈴木さん。

彼らにとって、相手の幸せが、自分の幸せであり。
相手の笑顔が、自分の願い。

だから私は、それを「エゴイズム」「身勝手」と書く。
それは「無償の愛」ではなくて。

だって、彼らは。
愛する相手の笑顔を、相手の幸せを・・・そんな、「報い」を望んでいるのだから。




後書き 終





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コメント

■ 

○4/7にこちらに鍵拍手コメ下さったMさま

コメントありがとうございます。

好きだとおっしゃっていただき、嬉しいです。

また、共鳴というお言葉が、とても嬉しく、そして、ああ・・なんて綺麗な言葉で綴られているのでしょう。
Mさんには、いつも胸に染み入るコメントをいただいて・・(つ;)

書いた世界が、こんなにも美しく表現されて。
こんな風に、受け止めていただいて。

胸に響きました。
どうもありがとうございました。

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