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Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

コメ、拍手コメ共に、過去記事にも遠慮なく投稿いただけたらと思います
レスは「コメをいただいた翌々日までにお返しする」ことを自分に課しておりますが、諸事情により遅れる場合もございます
でも必ず書かせていただきますので
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この夏は、娘と一緒に、「借りぐらしのアリエッティ」「トイ・ストーリー3」「ポケット・モンスター 幻影の覇者」と、三本の映画を見ました。
どれもそれなりに楽しみましたが、今回は、「アリエッティ」とジブリ映画について、おしゃべりしたいと思います。

「秘密」と絡めた話ではありません。
純粋に映画の感想です。
また、ネタバレ的内容になっておりますので、これからご覧になる方は、ご注意下さいませ。


「アリエッティ」は、一言で言うと、地味な映画という印象を受けました。

宮崎駿さんが、そろそろ世代交代の時期ということで、若い監督さんが選ばれたそうですが、宮崎さんの映画に見られるスペクタクル感は抑え気味で、映画が終わるまで、どこがクライマックスか分からなかったという感じです。

終わってから振り返ってみると、家族の一人がさらわれ、それを、少年とアリエッティが力を合わせて救おうとする、それが、クライマックスだったのかなと。

でも、さらう人間が悪人ではない(たぶん)為、あまり、ハラハラ感も無く。
さらわれたということより、その為に奔走し、心臓が弱い体でひた走る少年の体が大丈夫かと、そちらの方が心配になりました。

でもじゃあ、つまらなかったのかというと。
私は、とても好きな映画です。

舞台は、西洋モダンな雰囲気の、古い日本の家屋なのですが、庭に咲く花や草の感じが、まるで、イギリスの庭のような気がして。
同じヨーロッパでも、きっちりと刈り込まれた大陸の国々の庭とは違う、より、自然に咲かせた感じが、イギリスみたいだなあと。

体が弱く、母の実家に身を寄せる少年、その地下に潜む小人の存在・・それらも、舞台は現代日本でありながら、少し前の時代のイギリスを連想させたのですね。

映画館を出てから、パンフレットを開き、これが、イギリスの小説を元にした物であり、舞台は1950年代だったと知り、納得が行きました。

古い家、美しい庭、小人の伝説。
そして、母から聞いた伝説の小人に、その夏、少年も出会う。
少年の時代だから出会えた、忘れられない、ひと夏の思い出・・。

そうこれは、大々的に宣伝して、スペクタクルを味わう物ではなく、良質な小品として、人々の心の動きや、映像や音楽の美しさを、しみじみと味わう素材なのだと。

流れる音楽も、まるでケルト音楽のように聞こえて、それが一層、ヨーロッパの雰囲気を感じさせ、また、日本語の歌詞なのに、まるでフランス語みたいな独特の響きだと思っていたら。
歌っていたのは、フランス生まれの、ケルト音楽に傾倒したハープ奏者だとか。
これまた、納得が行きました。

これは、映像や音楽に身をゆだね、心の機敏を味わう映画であり、ストーリー展開を追う映画ではないと、そう照準を合わせたら。
仲間の救出ではなく、私が、見ていて一番衝撃を受けたシーン、少年が、アリエッティに向かって、「君達は滅び行く種族なんだ」と言った、その残酷な会話が、クライマックスなのではないかと、そう思えました。

本来なら、元気一杯に駆け回っている筈の年齢の少年が、手術を前に、自分の身が遠からず滅ぶであろうということを、意識しながら生きている。
そして、自分に対するその残酷な思いが、他者に対しても、残酷なセリフを吐かせてしまう。

アリエッティは、キッパリと否定し、また少年も、彼女と関わるうちに、希望を見出していったように見えましたが。

見終わって、自分は気に入ったけれど、これは、「面白いアニメ映画」を期待して見に来た子供達にとっては、どうなのだろうと。
疑問に思い、娘に聞いてみたら、娘は、「面白かった!」と答えておりました。

小さな視点で見る大きな家具や、道具の使い方等が冒険心を刺激したり、ハルさんの言動が笑えたり、猫や虫等の動物が出てきたり、アリエッティのお家の内装が可愛かったり・・という点を、楽しんだようです。
幾度か、声を上げて笑ってましたしね。

私が、ジブリ映画で一番好きなのは、何といっても「豚」です。
「紅の豚」。
DVDも持っているのに、テレビ放映されているのを目にすると、つい腰を据えて見てしまうという。

主人公の豚、ポルコがカッコイイ。
ジャン・ギャバンやリノ・バンチュラ等の吹き替えをなさっていた森山周一郎さんが声を当てていたというのも、映画ファンにはツボです。

そして、ダブル・ヒロインだったことも、良かったですね。
宮崎アニメには、フィオのような、優しく強い10代の少女が登場するのが定番ですが、この映画には、そこに、ジーナという大人のヒロインも加わって、いつまでも馬鹿をやってる男達と、彼らを、姉のような母のような愛情で見守るジーナとの関係は、とても魅力的でした。

それから、これは、随分後になってから気付いたことなのですが。
映画の舞台は、1920年代から30年代辺りのイタリア。
私の大好きな国、大好きな時代の香りがするんですね。

歴史的に見てみれば、そこには、大恐慌や、ファシズムの台頭、内戦や世界大戦等々、憂える事柄が並ぶのですが。
これは、当時のイタリアを模した、架空の世界と割り切り、その風俗に目を向ければ、街並や、衣装や、彼らの言動そのものが、その国、その時代らしさが感じられ、楽しめて。

そしてラスト、登場人物達の多くのその後が、現われ、語られる中で。

ポルコは、その後、どうなったのか。
人間に戻ったのか、豚のままなのか。
少しは落ち着いたのか、相変わらず飛んでいるのか。
ジーナとは結局、どうなったのか。

肝心の彼のその後は、一切、語られないんですね。
そんなところがまた、好きです。
結論を語ってしまわず、見る人それぞれに、想像を喚起させる・・私自身も、そんな余韻を残せる物を書けたらと、きっと、願っているのだと思います。

英語版吹き替えで、大好きなイギリス人俳優のケイリー・エルウィズが出演していることを知った時は、嬉しかったですね。
彼は、「耳をすませば」や「猫の恩返し」でも、バロンの吹き替えをしていて、ジブリとは縁があるのですが。

「紅の豚」では、何度見ても、胸がジン・・としてしまう場面があります。
それは、飛行艇が、まるで雲のように、帯を作って飛んでいくシーン。

一人取り残されるポルコに、今となっては薪さんを重ねてしまうのは、「秘密」ファンのサガでしょうか(笑)

ジブリ映画の中で、一番回数多く見たのは、「となりのトトロ」です。
娘がまだ赤ちゃんの頃から、とても気に入って、テレビ放映をビデオに録画した物を、何十回と見ていたら、テープが消耗して映像が切れ切れになり、結局買い直した・・というエピソードがあり。

最初の頃は、あやしながら一緒に見ていて、やがて、娘が一人で見られるようになってからは、家事をしながら合間に様子を見つつ、途切れ途切れに一緒に見て・・という感じで、合計すると、私も100回以上は見ています。

ストーリーは完全に頭に入っているし、セリフもほとんど覚えてしまったので、背景の小物や、風景等をチェックするようになり、最後の頃は、もう見るところが無くて、人物の瞬きの回数を数えておりました。
瞬きまでリアルに表現してある・・日本のアニメって凄いなあと感心しつつ。

繰り返し見た上で、印象に残ったのは、サツキとメイのお父さんの、娘に対する数々の言葉。

引越しの忙しい最中に、通路を塞いでいる娘達に、「邪魔だ。どけ!」ではなく、「雨戸が開けられないじゃないか」と言い、強風にお家がつぶれちゃうと言う娘に「そんなこと無い。大丈夫だ」と言うのではなく、「つぶれたら困るなあ」と笑い、自分もトトロに会えるかなという娘に、「そんなの居るわけが無い」と否定するでもなく、「会えるよ」と安請け合いするのでもなく「運が良ければね」と答える。

この、サツキとメイのお父さんは、理想の「子供の父親」像だと思います。

「風の谷のナウシカ」も、繰り返し見ましたが、これは、原作が素晴らし過ぎて、映画は時間的制約があるだけに、どうしても薄い物に見えてしまいます。

夫が原作を全巻持っていて、それを借りて読んだのですが、「ナウシカ」の映画は、大抵の友人知人が皆、見ているのに、原作を読んだという人は周囲に皆無な為に、夫とばかり、マニアックなナウシカ談義をしてしまいます。

ラストシーンの後、夫は、ナウシカが故郷に帰った、いや帰って欲しいと言うのですが・・私は、彼女は帰らなかったと思います。
だって、故郷では、次の世代の風の乗り手が生まれてしまったから。
故郷に土着する夫と、故郷に執着しない私の、人生観の違いも、解釈に現れるのかもしれません。

あと、印象的なのは、「魔女の宅急便」。
最初に見た時は、爽やかな青春映画のような受け取り方をしただけだったのが、子供を持ってからは、たった13歳で家族のもとを離れ、一人働きながら生きていくヒロインの姿に、ついつい娘が社会人になった時を思い、エピソードの一つ一つに、もう涙涙・・(←馬鹿)

これはまだ、「魔女」という、人間とは違う掟の中で生きるお話でしたが、ジブリ映画では、他にも、年若い登場人物が、自由に動くパターンが多いような気がします。

「耳をすませば」なんて、中学生が、夜遅くまで一人で出歩いていたり。
早朝に、家族に行き先も告げず、家を抜け出したり。
私が親だったら、こんな遅くまで娘が出歩いていたら、放ってはおけないし、朝、起こそうと思ったら布団に居なかったとなったら、驚くと思います。

でも、この両親は、娘が何をしたいのか、何をしようとしているのか、事情を尋ねないまま、娘がやりたいと思っていることを、黙ってやらせるのですよね。
自分の子を、対等にみなしているというか。
立派だなあと思うと同時に、とても真似は出来ない・・と思ってしまいます。

「崖の上のポニョ」でも、宗介とポニョ、あんな小さな子供二人が、水害の最中、自分でボートを漕いで移動中なのに、出会った大人は、助けが必要か尋ねる程度で、そのまま行かせるし。
宗介の母親も、自分の息子が、洪水の中を自分のもとまでやって来るというのに、大丈夫だと信じていて、心配する様子も無いし。

まあ、アニメですからね。
そんなことを言ったら、クレヨンしんちゃんなんて、まだ幼稚園児なのに、いつも子供達だけで出歩いていて、大丈夫なのかという話になってしまいますが・・。

「千と千尋の神隠し」では、少女が自分で生きていく気力を育てる過程を描いているし。
ジブリでは、子供を、自立した一人の人間として、見ているのかもしれませんね。





関連記事

コメント

■ 

かのんさん、こんばんは。

やっぱり、ジブリは「豚」ですよねっ(^^) 

ポルコはジーナのところへ行ったのだろうか。行っただろう、でも、すぐじゃなかったかもしれない。うだうだして、フィオにお尻を叩かれたかも。そこが描かれていないところが、私も良いと思います。きっと行ったんだろうと想像するのが、映画を見終わった後の幸せな余韻となるのでしょう。

 読み終わった後、やりきれない思いになる清水マンガと対象的ですが、強さ的に同等の余韻ですねっ(@▽@; 

 ・・・え? ポルコと薪さんですか? ぎゃあああ! 違う想像をしてしまいましたっ! すみません、そういう意味じゃないですよね。

「耳」は、そうですね、親の立場からみると、次女に放任過ぎですね。まあ、「耳」は好きですが、こういうところは、「夜遅かったり、朝早かったりすると出会いがある」とか、「まずはやってみる」なんて目で見てはいけないと思います。雫はやってみることで自分に必要なことが何か分かりましたが、誰もがどんな条件でもそうなわけじゃないですから。

私も、ナウシカ、全巻持ってますよ。終わるまで長かったですね。マンガの最後は、うーん、ちょっとどうかなっていう印象なので、映画はあの時点でよくまとめられていたという印象です。

柏葉幸子の著作も沢山持ってますし、魔女の宅急便も全巻あります・・・(^^) 魔女は、まあまあですが、柏葉幸子はどれを読んでも面白いです。

こびとシリーズも、大昔、何度も読みましたが、映画はどうしようかと思ってました。

だって、ゲドがあんなんなっちゃったからーっ。嫌嫌嫌!! ←ヒゲで野太い声のゲドとか、おデブおばさんのテナーなんか嫌だから見てない。

でも、かのんさんの感想を読んで、こびとは見てみようかという気になりました。でも、DVDが出てから借りると思いますけど。

楽しい記事でした。
おじゃましました。

■ 第九の部下Yさま

○第九の部下Yさま

こんにちは。
コメントありがとうございます。
レスが遅れ気味で、申し訳ございませんm(_ _)m

> やっぱり、ジブリは「豚」ですよねっ(^^)

イプさんも同じご意見ですか?
嬉しいです♪ 

> ポルコはジーナのところへ行ったのだろうか。行っただろう、でも、すぐじゃなかったかもしれない。うだうだして、フィオにお尻を叩かれたかも。そこが描かれていないところが、私も良いと思います。きっと行ったんだろうと想像するのが、映画を見終わった後の幸せな余韻となるのでしょう。

そうそう、そうなんですよね。
ハッキリと描かれていないところに、魅力を感じます(^^)

>  読み終わった後、やりきれない思いになる清水マンガと対象的ですが、強さ的に同等の余韻ですねっ(@▽@;

ううっ・・!(><)(←清水先生の漫画=やりきれないラスト=「秘密」の今後って?・・と連想してしまい、勝手に苦しくなっております・・)

>  ・・・え? ポルコと薪さんですか? ぎゃあああ! 違う想像をしてしまいましたっ! すみません、そういう意味じゃないですよね。

えっ?違う想像って、一体どんな・・?

えっと・・私が思ったのは、友人達が次々と飛び立ち去っていき、一人残され飛び続けるポルコに、貝沼の事件等々で、鈴木さんや仲間達を失い、一人第九に残り続ける薪さんが重なったということです(・・こう書きながら辛い・・TT)

> 「耳」は、そうですね、親の立場からみると、次女に放任過ぎですね。まあ、「耳」は好きですが、こういうところは、「夜遅かったり、朝早かったりすると出会いがある」とか、「まずはやってみる」なんて目で見てはいけないと思います。雫はやってみることで自分に必要なことが何か分かりましたが、誰もがどんな条件でもそうなわけじゃないですから。

「耳」は、映画としては良いと思うのですね。
自分のやりたい道が確かに見えている少年に影響されて、自分の道も見えてくる少女・・そしてそんな少女の理解や共感に、少年の心も動かされる・・素敵な出会いと成長だと思います♪

子供に親が細かく追及せず、子供自身の責任で好きなことをやらせるというのは、たぶん、親が子供を信じているからこそ、出来ることだと思いますし、良い親子関係だと思う部分もあります。

ただ、だからと言って、中学生の子供が、理由も話さず行き先も告げず、夜遅くや朝早くにほっつき歩いているのを放っておくというのは、今の時代、危な過ぎて、とても私には出来ないなあと、自分が子供を持つ身になってからは、そんな目で見てしまって(^^;)
(映画が公開された15年前は、まだ今より世の中が危険ではなかったのでしょうか・・?)

> 私も、ナウシカ、全巻持ってますよ。終わるまで長かったですね。マンガの最後は、うーん、ちょっとどうかなっていう印象なので、映画はあの時点でよくまとめられていたという印象です。

おおお・・原作をお持ちですか!

宮崎監督ご自身も、あの原作を映画にまとめるのは、悩んだそうですよね。
映画は映画として、また別のメッセージが伝わりましたし、ジブリの原点でもありますよね。

ただ、原作の膨大なテーマを見てしまうと・・やはり、2時間にまとめるには、限界があったかなあと感じます。
映画版には登場しないドルク型の船が出てきたり・・矛盾もありますしね(笑)

> 柏葉幸子の著作も沢山持ってますし、魔女の宅急便も全巻あります・・・(^^) 魔女は、まあまあですが、柏葉幸子はどれを読んでも面白いです。

全巻ですか、凄いですね!(@▽@)
私は、一冊だけ読んだ記憶が・・はるか昔でもう「読んだ」とは言えないかも(^^;)

柏葉さんは、確か「霧の向こう~」という、「千と千尋」の元になった本を書かれてる方ですよね。
「霧の~」も、少女の自立を促す作品でしたね。

> こびとシリーズも、大昔、何度も読みましたが、映画はどうしようかと思ってました。

賞も受賞した有名な本らしいですね。
私は全然知らなくて(><)

さすがイプさん、各種お読みになっているのですね☆

> だって、ゲドがあんなんなっちゃったからーっ。嫌嫌嫌!! ←ヒゲで野太い声のゲドとか、おデブおばさんのテナーなんか嫌だから見てない。

ゲド戦記、原作は読んでおりませんが・・実はこれ、テレビ放映された物を録画してあるのですが・・何度見ても、何故か途中で寝てしまうんです・・(何て奴!)

なので、「見た」とはとても言えません・・(><)

> でも、かのんさんの感想を読んで、こびとは見てみようかという気になりました。でも、DVDが出てから借りると思いますけど。

「明るく元気な冒険物」か、「感動の涙が流れるお話」のどちらかな・・なんて感覚で見ると、肩透かしをくらった気がするかもしれませんが(^^;)

ジブリアニメは、お金と時間は注ぎ込んである、そういう意味では「アリエッティ」も大作だとは思いますが、内容的には「小品」を見る感覚で臨めば、焦点が合う・・かもしれません。

> 楽しい記事でした。
> おじゃましました。

お読みいただきありがたく、また、この話題でおしゃべりが出来て楽しかったです。
ありがとうございました!

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