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かのん

Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

コメ、拍手コメ共に、過去記事にも遠慮なく投稿いただけたらと思います
レスは「コメをいただいた翌々日までにお返しする」ことを自分に課しておりますが、諸事情により遅れる場合もございます
でも必ず書かせていただきますので
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地震が起こった日から、5週間が過ぎました。
皆様には、ご心配下さり、また、見守って下さり、本当にありがとうございました。



地震の日から、色々な意味で、人生観が変わりましたが。
その一つに、「明日、死ぬかもしれない自分」を考えるようになった、ということがあります。

以前から、私は「3ヵ月後には死ぬかもしれない」という想定で、生きてきました。
夫とは「定年退職したら、イタリアに住もう」なんて話もしておりますが、実際には、そんな、あと何十年も生きられるかどうか分からない・・という前提で、日々を過ごしてきたんですね。

それが、今回の地震で、「3ヵ月後」どころか「明日」死ぬかもしれない・・そんなことを思うようになりました。
具体的には、どうなったかと申しますと。

例えば。

娘と一緒に洗い物をする際、以前だったら、「自分があと何年生きるか分からないのだから、きちんとしつけなきゃ」と、洗い物の基本や手順などを、その都度、しっかりと教えてきました。

でも今では、「娘と並んで洗い物をするなんて、これが最後かもしれない」という前提で、娘と一緒に家事をする・・という、そのことそのものを楽しむようになり、口うるさく言わなくなりました。
教え込んだところで、家電が発達すれば、基本や手順も変わりますしね。

大事なのは、細かいことではなく、お皿を綺麗にしようという心や、親子一緒に過ごせる平和な時間そのものであると。
将来、娘が一人で洗い物をしている時、「あの時、お母さんがこういう手順でやれば上手くいくって、教えてくれたな」と感謝されるより、「あの時、お母さんと一緒に洗い物して、楽しかったな」と、思い起こしてほしい。

全ての面で、そんなことを思うようになりました。

余震の度に、娘が怯えて私に抱きついていて、家で一人残るのを嫌がったこともあり。
春休み中は、朝夕の犬の散歩も、買い物も、夫の送迎も、家の中でも、出掛ける時も全て娘と一緒。
人生観が変わったことで、物事の優先順位も変わり、以前なら「あとでね」と言ったことも、すぐにやるようになり、この春は、娘と濃密な時間を過ごしました。

また、地震後は、いつにも増して、施設に暮らす父のもとに通いました。
地震のことに触れ、私が叔父や叔母等に連絡を取り、皆無事だったことを話すと、父は、とある親類の実家が湊近くにあるが無事かと、問いました。

時には、私が誰かも分からなくなる父が、そんな、交流すら無い遠い親類のことを覚えていて、地震によって津波被害があったことも、施設のホールのテレビか何かで見聞きして知って、心配したのだと・・そのことに、私は驚きました。

早くに亡くなった伯父に代わり、親戚に何かあると率先して動き、兄弟姉妹をまとめていた父。
その責任感は、病気になっても、衰えることが無いのでしょう。

またある日は、父の学生時代からの親友が、私に電話をかけてきました。

地震後、心配していたけれど、なかなか施設に見舞いに行けないので、
「かのんちゃん、お父さんのところに行った時に、かのんちゃんのケータイでうちに電話してくれる? それで直接話したいんだ」
と、その方が言うので、私はその日のうちに父を訪ね、そこから、父の親友に電話をかけて、父と直接話をしてもらいました。

この日も、父は、しっかりとしていました。
ケータイから漏れる相手の声が、
「オレも身体に支障が出てきてさ、なかなか見舞いに行けなくてすまないな」と言うと、
「オレも、しばらく○○(相手の名前)のところに行けないよ。悪いな」と、父は返します。
「そうだな。今度またうちに遊びに来てくれよ」

ごく当たり前の、友人同士の会話。
実際には、父は、友人宅を訪ねるどころか、車椅子ごと乗れる車輌での移動さえも、ものの10分で疲れてしまい、外食に連れ出すにもごく近所にしか行けなくなってしまっている程、身体が衰弱しているのに。
何度もお見舞いに来てくれている父の親友も、それは分かっている筈です。

でも、父にしてみれば、友人は対等であり、自分が病気の身であるとかそういったことは、関係ないのでしょう。
そして、相手の方も、「お前は病気だから来るのは無理だろ」なんて言わず、対等な友人として「また来てくれ」と。
この会話に、私は、施設を出て車に乗って一人になると、涙が溢れてしまいました。

毎日、色々なことがあり、色々なことを思います。

週末には、家族総出で、種まきをしました。
ここで言う「種まき」とは、お米の苗を作る育苗箱に、お米の種に当たる籾を巻き、土をかぶせて水をかける作業です。
その育苗箱の苗は、今、ビニールハウスの中で、順調に育っています。

うちは、外に出しているのはお米だけですが、野菜を卸すことを生業にしている方々は、本当に大変なようです。
極端に安いと思う野菜や果物は、全て、地元産。
作って卸しても赤字になる、でも、丹精込めて作った物を、畑にそのまま腐らせるのも辛い・・そんな話も耳にします。

「たとえ、放射能を浴びた野菜でも、害が及ぶのは、365日、毎日接種し続けた場合にのみ限定され・・」なんて報道を目にしては、
「うちでは、365日、毎日何かしら自家製(地元産)野菜を接種してるけど、これってどうなのかしらね」
なんて言いながら、自家製野菜を毎日せっせと食べ。

「野菜は、よく洗えばいいって聞くけど、お水も危ないらしいよね」
と言いながら、自家水(井戸水)で野菜を洗い、ご飯を炊いています。

もし、家に居る子供が乳児や幼児で、ミルクや離乳食など、子供だけ別の物を食べさせる状態なら、その調理には、買ってきた水を使いたいと思いますが。
もう娘も大人と同じ物を食べている状態で、洗う、ゆでる、煮る、炊く・・その全てに購入水を使うというのは、現実的に無理があり。
結局、放射能の話題は、軽く受け止めるしかありません。

地元は、未だ、余震が続いています。
少なくなってきたかと思うと、また突然震度5や4の地震が起き、その後しばらく小さな地震が続くといった具合です。
きっと、こういったことは、この先数ヶ月は続くのでしょう。

本震の際に生き残った食器は、棚に置いても、また余震で落ちるかもしれないので、床に置いたままです。
家の修理や、家電の買い替えも、まだ出来ておりません。
家の前の陥没した道路は、一度、市の方が埋めて下さったのですが、余震の度に、また、下がってきています。

そんな中ではありますが、物資が戻り、ガソリンも入手出来るようになり、町に、日常が戻ってきました。

町中を見渡すと、多くの家が、瓦や塀が崩れ、修理されない状態になっていますが。
学校の先生に尋ねたところ、この学区で、人的被害や、避難所に行く程の家屋の被害を受けたという報告は無いそうで。

先々週、娘の小学校では、新学期が始まりました。
先月の卒業式は、各教室からモニター参加となりましたが、春休み中に、体育館の補修工事が行なわれ、始業式や入学式は、無事予定どおり進められたようです。

3月に予定されていた年度末の集まりが、全て中止された為に、今月は、一気に様々な集まりが開かれて、慌ただしい日々でもありました。

昨年度から、2年任期である、学区と市の子ども会の役員を兼任しているのですが。
そこに、今年度は何故か、これまでは無かった、3学区合同の連絡会の委員も、私の知らないうちに兼務になっていて。
更に、地元の子ども会の会長兼会計も引き受けてしまい、そして、子供が小学校に在籍中に一度はやらねばならないPTAの委員も、今年度受け持つことになり・・

6つの役職を兼務することになってしまい、何故こんなことになったのか、自分でも分からず。
役員をやることになった最初のきっかけは、地元の子ども会が、その年、学区役員を引き受ける当番であり、他の2軒(子ども会はうちも含めて3軒で成り立っている)は、一人が地区の委員、一人が会長兼会計をやるので、「かのんさん、学区役員をお願いね」と、言い渡された・・ただそれだけなのですが・・。

例えばある日は、娘を学校に送り、帰宅して犬の散歩と家事を済ませ、それから犬を予防接種に連れて行き、帰宅してパソに向かい、地元の子ども会会長としての書類を仕上げ、それから何人かの役員さんに電話やメール。

午後は、学区役員さんと待ち合わせて打ち合わせをし、買い物しながら帰宅して、洗濯物の片付けと犬の散歩をして、娘をお迎えに行き、帰宅して、娘の宿題を見てやりながら、母屋で夕食の支度をして、夜は市の集まりへ・・。

地震後、色々と思い煩い、心はまだ日常に付いていけないのに、否応無く日常は流れてくる・・この数週間、そんな日々を過ごしておりました。
よく、忙しい時に「身体がいくつあっても足りない」と言いますが、この場合、「心がいくつあっても足りない」といった感じです。

自分達のこと、娘のこと、父のこと、友人・知人のこと、世の中のこと、薪さんのこと、ブログのこと・・・
色々なことに心を割きたいのに、日常の忙しさに紛れて、それが出来ないもどかしさを感じるんですね。

でも、思い煩う気持ちも、段々と回復して参りました。
その理由は、まずは、友人・知人が、無事であることが分かったこと。

自主避難促進地域に居を置く福島の友人は、子供を連れて、実家に身を寄せていました。
まだまだ大変な状況ではあるでしょうが、ひとまず無事だと分かり、ホッとしました。

彼女の夫は、医療関係者の為、現地に残っているそうです。
家族から離れ、一人被災地に残り、現地の人々の為に力を尽くす・・テレビに映らないところで、こういった方々が、沢山居るのでしょうね。

一人暮らしで被災した高齢の親類も、息子夫婦の家に引き取られ、こちらもまずは、一安心というところです。
他にも、連絡の付かなかった友人達とも連絡が取れ、互いの無事を確認し、安堵することが出来ました。
自分の知人は、皆こうして無事だったことに、感謝しましたが、世の中には、家族を失い、家を失い、不自由な暮らしの人達も沢山居ます・・自分に何が出来るだろうかと、そんな思いは尽きず。

そんな折、ある夜、娘とお風呂に入る際に、久しぶりに、アロマ入りのバスソルトを入れようかということになりました。
娘は、入浴剤の類が大好き。
「うわー、綺麗な色ー、いい匂いー」

そう言った娘の口調が急に沈み、
「・・でも、こんなことして、いいのかな?」
と言います。

どういうことかと覗き込むと、
「お風呂に入れない人も居るんでしょう? なのにこんなお風呂に入って、いいのかな?」
曇った表情で、娘はそう言いました。

入浴剤一袋に、贅沢ではないか、こんなこと許されるのかと問う、娘のその気持ち。
私は、家では震災のニュースを見ることは避けているし、娘に、お風呂に入れない人も居るのだとか、そういった話は一切していません。
ただ、節電や節水が必要であること、それが何故なのかといったことは、説明しましたが。

けれど娘は、周囲で見聞きすることから、未だ、避難所暮らしの人達が居ることを思い、娘なりに、色々と考えていたのでしょう。
普段、そんな話をしない娘の、思い掛けない言葉に、胸がいっぱいになりました。

いいんだよ。
『こんなことして』いいんだよ。

確かに、被災地で、お風呂にも満足に入れない人も、沢山居る。
その中には、あなたと同じ年頃のお友達も、沢山居ると思う。

でもね、もし、お母さんが、そんな子供を持つ立場で、避難所暮らしをしているとしたら、被災を免れた子達に対して、きっと、元気で生活してほしいと願うと思う。
世の中の子供達が、お風呂に入って、お腹いっぱい食べて、寝て、元気に学校に通ってほしいと願うよ。
自分や、自分の子が、お風呂に入れないからって、どこかで、入浴剤を入れたお風呂で喜ぶ子が居ても、怒ったり悲しくなったりなんて、しないよ。

あなたは、以前以上に、電気を消したり、食べ物を残さずに食べたりするようになった。
大切なのは、地震で何を学んだか。
物があるのは当たり前ではない、それを、あなたは知った。
好きなだけご飯が食べられて、好きな時にお風呂に入れて、安心して毎日が過ごせる・・それが当たり前ではないことを知った。

そして、今、自分が日常を過ごしている時も、そんな「普通の日常」が過ごせない人々が居ることを忘れない。
大事なのは、そういったことなの。

だからあなたは、日常を過ごすことに、何も遠慮しなくていいの。
節電に励み、物を大事にする・・そんな、自分に出来ることを心がけながら。
自分の人生を、精一杯生きればいいんだよ。

・・娘に語りかけながら。
私は、自分自身も、気付かされる思いでした。

これらのことが、きっかけとなって。
引きずっていた震災のショックとも言うべき、思い煩う気持ちから、徐々に解放されていきました。

そして今、私の中では、薪さんのお話が、沢山湧き出ております。
書きたくてたまらない。

でも、その前に、まずはいただいたメールやコメントのお返事をしたいですし。
メロディレビューも仕上げねば。
そう言えば、地震前に書いた創作の後書きもUPしてないんですよね。

湧き出た創作を書き上げる前に、原作の「秘密」が終わってしまいそうな・・・

あ、また暗くなってしまう。
前向きに、前向きに。

メロディで「秘密」を読める、あと数回で終わるであろう、この貴重な体験を。
皆様と共に、大事に味わって参りたいと思います。





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コメント

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■ 鍵拍手コメ下さったSさま

○4/18に鍵拍手コメント下さったSさま

早速のコメント、ありがとうございました。
転送されたメールでコメを拝見した瞬間、胸に熱いものが込み上げました・・。
こんな風に思っていただいて・・もったいなく申し訳なく・・そして、幸せだと思いました。
ありがとうございました。

■ 鍵拍手コメ下さったMさま

○4/18に鍵拍手コメント下さったMさま

こんにちは。
コメントありがとうございます。
レスが遅くなりまして、すみませんでしたm(_ _)m

気にかけていただき、とても嬉しく思います。
また、記事に込めた思いをくみ取っていただいて、じん・・と致しました。
Mさんの優しさには、いつも癒され、励まされてばかりです。

実は・・ゆっくりとした暇が取れない日々、細切れな時間を見つけては、ケータイからそちらを拝見して、美麗薪さんの数々に、密かに癒されております。
こっそりお邪魔してばかりで、こんなところで告白して申し訳ございません~(><;)

そうですね、是非皆様と、笑顔でお会い出来る日が来ると良いですね。
きっと来ると信じております。
ありがとうございました(*^^*)

■ 鍵拍手コメ下さったAさま

○4/19に鍵拍手コメント下さったAさま

こんにちは。
コメントありがとうございます。

うう・・嬉しいだなんて、もったいない・・ありがとうございます(;;)
でもなかなか時間が取れなくて、レビューだけでも次号発売前に終わらせたかったのですが、すっかり厳しい状況に(泣)

そちらも大変ですね。
本当に、早く物事が治まってほしいですね。

やはり「すみません」と思ってらしたのですね。
心身共に日常を取り戻すには、時間がかかる、大き過ぎる災害です(´`)

ささ・・さいしゅうかい・・この言葉が胸を貫きます・・うう(><;)
以前から私も「『秘密』の画集が出るまでは死ぬことは出来ない」と思っておりましたから(笑)同じですね(^^;)

メロディの発売は、私の場合、かなり以前から「わくわく」ではなく「ドキドキ」「ズキズキ」「チクチク」・・という感じですが、それでも、リアルタイムで薪さんのお姿を追うことが出来た、その日々は、何物にも代え難いものだと思います。

お心遣い、どうもありがとうございました♪

■ 非公開コメ下さったNさま

○4/20に非公開コメント下さったNさま

コメントありがとうございます。
カタカナからひらがなにハンドルネームを変えられたのですね。
再度のご訪問、嬉しく思います。

楽しいことや、普通の日常にさえも、後ろめたさを感じる・・やはり、そういうことがあるのですね。
復興へ進もうという、Nさんのおっしゃること、もっともだと思いました。

・・考えてみれば、今回はごく身近なところで起こったからこそ、こんな思いが強かったですが、いつだって、世界のどこかでは、災害があったり、紛争があったりして、普通の日常が送れない人は、沢山居るんですよね。
それを思えば、出来ないことを嘆いても仕方が無い、「今、自分が出来ること」を見つめて、出来ることをしていくしかない、そして、自分は自分の足でしっかりと歩んでいかねば・・そう、思うようになりました。

・・あの、何だか、もったいないお言葉を沢山いただいて・・。
何と申し上げたらよろしいか・・私はそんな大した人間ではありませんが(><;)
でも、お言葉とても嬉しかったです。
ありがとうございました。

Nさんは、ご家族のお世話をなさって、頑張ってらっしゃるのですね。
Nさんが、日頃から経験したり、思うところがあるからこそ、伝わる物があるのだと・・そう思いました。

ブログの件、ご報告ありがとうございました。
時間を作って、近日中に是非お邪魔したいと思います!
楽しみです(*^^*)

創作意欲・・は、上がっているのですが、時間がなかなか作れず、困っております(T▽T)
でも、気持ちさえあれば、きっと時間は作れる筈!・・筈・・です。

いただいたお言葉どおり、楽しんで書いて参りたいと思います。
どうもありがとうございました。

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