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かのん

Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

コメ、拍手コメ共に、過去記事にも遠慮なく投稿いただけたらと思います
レスは「コメをいただいた翌々日までにお返しする」ことを自分に課しておりますが、諸事情により遅れる場合もございます
でも必ず書かせていただきますので
ご了承下さいませm(_ _)m

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Scene10:劇団



今度、目が覚めた時に見えたのは。
劇場の内部でも、岡部の部屋の天井でもなかった。

目の前に続く畳の向こうに、あぐらをかいて座る、浴衣の裾から見える白いすね。
そこから上を目で辿ると、浴衣の上に丹前を羽織った上半身と、そして、手にした文庫本に目を落としている、薪の横顔があった。

白い肌。
下に向いた長い睫毛。
額にかかる栗色の髪。

今、目の前に居る人は、自分と同じ男には見えない。
なのに・・・

「目が覚めたか」
こちらに気付き、上げた視線と共に聞こえたのは、紛れも無く男性の声。
スクリーンで初めて耳にした物と同じ、滑らかなテノール。

「あ!・・すみません。こんなところで眠ってしまって・・」
青木が慌てて起き上がると、かかっていた布団が肩から落ちた。

「・・・・・・」
青木は、その布団を見て、それから、薪を見やる。
この布団は、薪が掛けてくれたのだろうか。

「稽古は終わったんですか? 他の方は・・」
青木が尋ねると、薪は言う。
「今日の稽古は終わりだ。家が近い者は帰ったが、後の者はここに泊まる。この時間になると、帰る手段が無い者も多いからな」

「ここに・・泊まるんですか」
「隣りに、もう少し広い部屋がある。そこに布団を敷いて雑魚寝する。稽古中は、よくあることだ」
言われて耳を済ませてみれば、隣りから、団員達のざわめきが聞こえる。
時々喚声を上げて・・もしかしたら、飲んでいるのかもしれない。

「岡部さんも、隣りの部屋ですか?」
「岡部達・・何人かは、銭湯に行っている。お前も良かったら行くといい。着替えは、岡部が置いていった」
薪の言葉に、青木は、傍に畳んである浴衣に気が付いた。

「・・ありがとうございます」
青木は、辺りを見渡したが、他に着替える場所も無いと思い、その場で着ていた物を脱いだ。

下着一枚になり、浴衣を身に着け、帯で締める。
白と紺の細かい縦縞模様の浴衣は、青木の身丈にはやや足りず、足首の辺りが見えていたが、それでも、前日から同じ衣服で過ごしていた身には、洗った着物の肌触りが心地良かった。

薪は、そんな青木に構わず、再び本に視線を落としている。
団員達が騒いでいる中に交じらず、一人こちらで過ごしているのは、静かに過ごすことを好むからだろうか。
それとも、もしかしたら、自分が交じることで、団員達に気を遣わせることを、避けているのかもしれない・・。

着替えを済ませた青木は、薪を見下ろし、尋ねた。
「何の本を読んでるんですか?」

薪は、本に視線を合わせたまま、言う。
「『ロスチャイルドのヴァイオリン』短編集だ」
「チェーホフですか」
「チェーホフは戯曲家だが、これは戯曲ではない。でも僕は、これを新劇のスタイルで上演出来ないかと思っている」

「・・だったら、オレが脚本化しましょうか?」
青木の言葉に、薪は目を上げる。

「・・・お前が?」
「ちょっと見せていただけますか?」
薪が呆気に取られている間に、青木は、薪の傍らに座ると、その手から本を取り去り、パラパラと頁をめくった。

「チェーホフを読んだのは、大分昔のことですが、この話なら、舞台化し易いと思います。登場人物も絞れるし。大体どれ位の上演時間にしたいか、最低限省かずに入れてほしいエピソードやセリフはどれか。希望を言っていただければ、それに沿う物が書けると思います」
「・・・・・・」
薪は束の間、そんな青木の様子を見つめていたが。

「・・脚本家志望というのは、どうやら本当らしいな」
そう言った。

「これまでと、瞳の色が全く違う」
薪の言葉に、青木は、本を手にしたまま目を上げる。
すぐ目の前にある薪の瞳は、柔らかな光を帯びて、微笑んでいるように・・見えた。

「え・・」
青木は、じわじわと顔が熱くなるのを感じた。

脚本のこととなると、ついつい熱が入ってしまう。
だが、この世界では、自称するだけの素人で、財布を失くした間抜けな男でしかない自分が、いきなり舞台の台本を書こうなどと・・。
薪は、さぞ呆れていることだろう。

「・・・・・・」
互いに黙ったまま、少しの間見つめ合った後、薪は言う。
「やはり、あいつを思わせる。お前の瞳は、昔、いつも傍に居た・・・」

「・・誰のことですか?」
青木が尋ね、薪は数秒の間を置き、言った。

「タローだ」
「太郎・・さん?」
「昔飼っていた、柴犬のタローだ」
「え、犬・・・!?」

青木が驚いていると、更に薪は言った。
「だが、タローは礼儀正しくて賢い犬だった。お前を同列にしたらタローに悪い。そうだな、お前のことは、ジローとでも呼んでやるか」
「う・・・」

青木は、益々顔が赤くなり、口元が微妙に歪んだ。
薪の言葉を、どう受け止めたら良いものか。

薪の瞳は、今や、愉快そうに揺らめいている。
青木は、また、薪の新たな表情を見つけたと思った・・・。

「タローとは、家を出る時に、離れてしまったが・・」
薪の目が、遠くを見始める。

「そして僕は・・舞台の道に入ったんだ。やがて友人と共に、劇団を立ち上げた」
「それが、文由座ですか」
「・・最初は、文由劇団と言った。文学同様、自由に表現出来る物・・そういう意味を込めた」

『薪、ペンは剣よりも強し、という言葉を知ってるか?』
『言論や思想は、武力よりも力があるんだ。オレ達は、舞台を通して、自由に表現し、世の中に訴えることが出来るんだ』

薪の中に、かつての友の言葉が、木霊する。

「新劇という分野が確立され、次々と劇団が設立された頃だった。新劇専門の小劇場も出来た。劇団員は増え、後援会も付いた。だが・・・」
薪の言葉が、一度そこで止まる。

「日本が戦争に向かって行く中、新劇は、危険思想をはびこらせるとして、軍や警察の弾圧を受けた。後援会の人間達も、何も出来なかった。・・劇団は解散し、小劇場も空襲で焼け落ちた。僕は当時、肺に病気を宿し、徴兵から外され、後援会長の世話になり、戦中を生き延びた」

・・軍需産業に関わり、軍と繋がりを持っていた後援会長でさえ、あの時は、手出しが出来なかった。
弾圧は、支援組織にまで及んだ劇団もあり、劇団員、支援者、共に多くの逮捕者が出たのだ。
皆、自らの保身で、精一杯だった。

劇団の解散後、全てを失った自分に、会長は手を差し伸べた。
あの時、何も出来なかった・・・だから、薪だけは助けたいと、そう言っていた。
戦争に送られなかったのは、確かに病気のせいもあるが、戦況が厳しくなるにつれ、身体の弱い者も、次々と出兵させられた・・その中で、自分が最後まで留まったのは、確かに、あの男の力なのだろう。

だが・・それは、自分の望みではなかった。
生き延びることなど、望んではいなかった。
あの頃の自分は・・自暴自棄になっていて、ただ、会長の言うがままに・・・・

「その後援会長さんは、薪さんのことを、自分の息子のように思ったのかもしれないですね」
「・・・・・!?」
薪は、目を見開いて、青木を見つめた。

「だって、劇団の後援をしていたのに、その劇団が無くなっても、薪さんの面倒を見たんでしょう? 薪さんも今、世話になったと言いましたし・・きっと、薪さんのことが、息子のように可愛いんでしょうね」
「・・・確かに、自分は娘にしか恵まれず、息子が欲しかったと言っていたことはある・・・」

青木の、こちらを見る目。
曇りの無い、その瞳・・・。

文由劇団を設立し、程なく舞台を見たあの男は、すぐに後援会の立ち上げを提案してきた。
まだ新しいその劇団を支援するなど、ただ、利害を考えただけでは、生まれない発想だったろう。
あの男は、舞台に感動したと言った。
そこに、可能性を、未来の希望を見出したと。

当時の会長の言葉に、嘘があったとは思えない。
たとえその後、戦争により状況が一変し、そこに、我欲が加わったとしても。

あの時は確かに、あの男にも、純粋な理想があったのだ・・・。

「・・薪さん?」
黙り込んだ薪に、青木が呼び掛ける。
薪は、青木を見つめる。

まさか・・ここに来て、当時の会長の思いを、見つめ直すことになろうとは。

「お前は・・誰だ?」
薪は言う。
かすかに、震える声で。

「誰って・・・?」
青木は、不思議そうな顔をしている。

そうだ。
最初に会った時も思った。
一体、この男は誰なのかと。

柴犬を飼っていたのは事実だ。
その目に似ているというのも、嘘ではない。

だが・・本当は。
青木を目にした瞬間、そこに見えたのは。

地獄からよみがえってきたのかと、そう思う程に。
その立ち姿に、その瞳に重なったのは。

失った、友の姿だった。





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