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かのん

Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

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エピローグ



1983年、秋。

山本は、窓辺で。
この二年間のことを、思い起こしていた。

『巡る時』は、作りとしては小品でありながら、ロングランヒットとなった。
心を打つ名作として取り上げられ、話題にもなった。

やがて、歴史ある映画誌『チネチッタ旬報』から、映画賞の候補リストに挙げたいと、申し出があった。
作品賞や主演女優賞、編集賞といった他に、脚本賞の候補にも考えているという。

だが、脚本家と連絡が付かないかと、山本に幾度も問い合わせがあり、その都度山本は、青木は失踪したままだと告げた。
最後には、脚本賞の候補からは取り下げることにすると、そう、映画誌の担当者は言った。

青木が失踪し。
警察や家族が、その捜索を諦めてからも。

山本は、仕事の合間に、青木のことを調べていた。
誰一人として、山本を責める者は居なかったが、山本自身は、自分がもっと青木の言葉を気に掛けていたらと、責任を感じる気持ちもあった。

青木が二年前に話していた、薪剛という俳優のことも、出来る限り調べた。

1912年、大正元年生まれ。
37歳の時に、唯一出演した映画『青い空へ』が公開されている。
その後は、舞台の仕事に専念し、俳優のみならず、演出面で評価を得る。
やがて、肺の病気で舞台を降り、晩年は、何年もの闘病生活を経て、66歳で没・・・。

取り立てて、変わったところは見当たらない。
この時代を生きた、俳優の一人だ。

だが・・山本は、調べていく過程で、週刊誌の記事の、一枚の写真が目に留まった。
5年前のことで、その記事を書いた記者は、既にその雑誌から離れていたが、山本は、ツテを頼りに、その記者を捜し当てた。

記者は、当時のことを覚えていた。
「あの頃は、まだ駆け出しで、とにかく些細なことでもいいからネタが欲しくて。とっくに引退した俳優でしたが、葬儀の際に取材したら、記事になりましてね」

「何か、特に覚えてらっしゃることはありますか?」
「別に。・・そうですね。参列者が皆、故人の顔を見たが、昔とちっとも変わっていなかったと、口を揃えて言ってました。まあそうは言っても、年も年ですし、病気で身体も弱っていたでしょうから、若い頃と変わらないなんて有り得ないですけどね。まあ、亡くなった人を悪く言う人は居ませんから・・」

「この写真・・左端に写ってる人物、かなり小さくて顔まで見えませんが、誰だか分かりますか?」
「ああ? うーん、ちょっとそこまでは・・。でも、参列者のほとんどは、主に、元居た劇団の関係者だと聞いてますよ」
「そうですか・・」

山本は、写真を見つめた。

一番左端・・横を向いた、ごく小さく写っている人物。
飛びぬけて背が高く、眼鏡を掛けているのが微かに分かる。
髪には白い物が交じり、50代以上の年齢の男と見受けられるが。

まるで・・・・。

自分は一体、何を考えているのだろう。
舞台俳優だったら、長身の人間など、珍しくもないだろう。

山本は、青木が話していた、『青い空へ』の色紙も、探してみた。
だが、映画館は閉館し、その後、コレクションは関係者に譲渡されたり、オークションに回されたりして、その行方を掴むことは、出来なかった。

たとえ、その色紙を探し当てたとして、どうなると言うのだろう。
そこには、『青木一行』という名など、残されている筈が無い。

だが山本は。
何故か・・そこに、その名があってほしいと、願っていた。
あったとしても、同姓同名の、当時のスタッフかもしれず、あの青木がそこに居たという証明にはならないのだが。

馬鹿げているかもしれないが。
自分は、青木の話が、本当だったと、思いたいのだ。

そして。
『今度こそ、気持ちの整理をして、何も思い残すことなく、旅立てる気がします』
あの言葉は、再び、過去に旅立つことを告げたのだと、そう、思いたかった。

青木の失踪を、自分が防げなかった、その負い目を、軽くしたいだけなのかもしれない。

でもきっと、本当に。
青木は、もう一度、行ったのだろう。
薪のもとに。

誓いを守ったのだろう。
ずっと・・傍に居るという誓いを。

山本は、窓の外に広がるイチョウの葉を眺めながら。
薪と青木が見た光景も、きっと、こんなものだったに違いない。

そう、自分に言い聞かせた。






この辺りで、車を停められるか?
少し・・歩きたい。

この時間は、もう歩く人も少ない。
並木の下を車椅子で動いても、大丈夫だろう。

街路樹の・・そう、そのイチョウの木の下で止めろ。
今夜は月が明るいから、光を受けて、夜でも木の葉が金色に燃えるようだな。

覚えてるか?
お前と初めて会ったのも・・こんな、紅葉の時期だった。

心配するな。
疲れてはいない。
それどころか、病身であることすら忘れる程、気分がいいんだ。

今、見てきた映画は、お前の言っていたとおり、本当に娯楽を追及したものだったな。
昔のツテを辿って、試写の会場に紛れ込んだかいがあった。

・・嫌味に聞こえるか?

仕方ない。
お前があの脚本を書いたのは、20代の頃だった。
まだ、人生経験の浅い、お子様だったんだ。

だが、お前も聞いたろう?
客席の歓声を。
見たろう?
お前が書いた、あの映画を前に、彼らが、驚き喜ぶ姿を。

あの映画は、きっと、この秋冬の目玉になるな。

良かった。
あれを、お前と見ることが出来て。
もう・・思い残すことは無い。

・・そんな顔をするな。
お前は、ずっと以前から、知っていたんだろう?

僕が、この年に潰えることを。

お前は、決して言わなかった。
でも、僕は分かっていた。
お前の態度は、分かり易いからな。

それに・・自分の身体のことは、自分が一番よく分かっている。

よく聞け。
今まで、一度も言わなかったことを。
これから言うから。

顔を上げろ。
こちらを見て・・そう。
僕が今、どんな顔をしているか、分かるだろう・・?

青木。

戻ってきてくれて・・・そして、これまで共に生きてくれて、ありがとう。




巡る時 終





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コメント

■ 鍵拍手コメ下さった方

○6/26に鍵拍手コメント下さった方

コメントありがとうございます。

嬉しいとのお言葉に、私も嬉しいです。
山本と同じ気持ちでいらしたのですね。
気持ちを込めて呼んでいただき、ありがたく思います(;▽;)

薪さんが子供の青木に会いに行くところは、私も好きなシーンです。
すごく好きとのお言葉、嬉しく思いました(〃▽〃)

ちなみに、この子供の青木と、会いに行った薪さんは、40歳位の年齢差があります(「見た目年齢」は、そこまで違わないと思いますが^^;)
二人が出会ったのは、第二次世界大戦が終わってから3年後の、昭和23年(1948年)です。
あ、もちろん、そんな些細なことは気にせずにお読みいただいて結構なのですが、参考までに。

ロマンチックとのお言葉が、とても嬉しかったです(*^^*)
最後までお読み下さいまして、どうもありがとうございました!m(_ _)m

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