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かのん

Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

コメ、拍手コメ共に、過去記事にも遠慮なく投稿いただけたらと思います
レスは「コメをいただいた翌々日までにお返しする」ことを自分に課しておりますが、諸事情により遅れる場合もございます
でも必ず書かせていただきますので
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第四話:夕げ



町はずれの一角。
八百屋と床屋の間の、細い路地を入ったところに、その家はあった。

長屋作りの一棟。
ごく質素な住まい。
裏には縁側があり、その先の小さな庭は畑になっていて、インゲン豆や青じそが植えられている。

静かな家の中で、女が一人、懸命に手を動かしていた。
やっているのは、蝉表(せみおもて)と言って、夏用の下駄の表面となる籐細工の内職である。

その顔をよく見れば、裏長屋には珍しい器量だ。
着飾りさえすれば見栄えがするであろうに、つぎを当てた浴衣を身に着け、化粧もせず、一つに束ねただけの黒髪が乱れるのも構わずに、一心不乱に仕事をする様は、年よりずっと老けて見えた。

今日はここまでと、手を休めた女は、ふと、外に目をやる。
薄暗い行灯の明かりと、外から差し込む月明りを頼りに仕事をしていたが。
見れば、とうに日は暮れ、月は高々と上がっている。

遊びに出かけた息子が、帰っていないことに気付き、どうしたことかと思う。
夫も、仕事は終わった筈なのに、何をしているのか、まだ帰らない。
縁側の向こうと、通りと、双方に顔を出して周囲を眺めるが、姿は見えない。

女はため息を付くと、部屋の中に入り、内職の道具を片付け、夕げの支度を始めた。
そこに、元気よく駆けてくる足音が響き、続いて声がした。

「母ちゃん、ただいま!」
息子の声にホッとして、女は振り返った。

「太吉、遅かったね。どこに行ってたの?」
「うん。友達と遊びに出たら、道で父ちゃんに会ったんだ。ほら」
太吉は、手にした物を母親に見せた。

「父ちゃんが小遣いをくれて。果物屋で桃を買っていいって。一緒に居た友達の分も買って、その場で食べたんだよ。これは母ちゃんの分」
「あら」
太吉から桃を受け取って、女は笑みを見せると、息子の後から入ってきた、夫を見上げる。

「お帰りなさい。暑かったでしょう。ぬるくお湯を沸かしてあるから、お風呂に入ったら?」
「うん・・」
大きな身体を、部屋に合わせて縮込めるようにして部屋に上がった男、青木は、微かに口元で笑って見せる。
だが、その表情に力は無く、青木は妻と目を合わせようとはしなかった。

「太吉も。お風呂に入りなさい」
「はーい」
早速、服を脱ぎ始める息子に対して、青木は、部屋に入るなり、その場に座ってしまった。

「あなた・・どうしたの?」
立ったまま声を掛ける妻を、青木は見上げる。

「お雪」
その名をつぶやき、それから、幾度も瞬きをした。

「太吉を、お風呂に入れてやってくれない? すぐにご飯が出来るから」
お雪の言葉に、青木はうなずいて、立ち上がり帯を解き始めた。

息子と共に、風呂桶の湯に浸かる。
元気に騒ぐ息子の声を聞きながら、青木は、昔へと思いを馳せていた。

こんな裏長屋の土間で、風呂桶に入るようになるとは、夢にも思わなかった。
土方の手伝いで、その日暮らしをするようになるとも・・・。

「父ちゃん!」
子どもの声で我に返り、青木は、桶の中で、手拭いを使い、息子の身体を洗ってやる。
それから自分も洗い、湯から上がり、浴衣を身に着けた。

皆で、お雪の用意した膳を囲む。
おかずの冷奴には、庭で育った青じそが刻んで添えてあった。

「いただきます!」
太吉は、青木の隣りで、元気よく食事を始めた。
その姿に微笑みながら、お雪も箸を取る。

青木も箸を取り、茶碗によそられたご飯を、一口、二口・・・
やがて、箸を置いた。

お雪が、青木を見上げて言う。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いや、そういうわけじゃ・・・」

言葉少なく答える青木に、お雪も、箸を置いた。
それから改めて青木の顔を見て、言った。

「ねえあなた。もしかしたら・・・」
お雪は、一度、思案するようなそぶりを見せ、それから、続けた。
「仕事が終わってから、山の井に行ってたの・・?」

「・・・・・・」
青木は、目を見開いて、お雪を見つめる。

「果物屋と言ったら、山の井からそう遠くは無いわ。太吉とそこで会ったのは、そういうわけなんじゃない?」
「いや!・・」
そうじゃない・・と言い掛けて、でも言えず、青木は口ごもった。

そんな青木を見て、お雪は、苦しそうな表情になる。
「・・あなたは」
お雪は、静かに語り出した。

「染物屋に嫁いでから、病気で夫を亡くし、次男が跡を取るからもう用は無いと追い出された私を、女房として迎えてくれた。お腹に子供も居て、途方に暮れていた私を・・。その後生まれた太吉のことも、自分の子のように可愛がってくれた。あなたは優しい・・なのに、何故?」

「・・・・・・」
切なげに訴えるその顔を、青木は見つめた。

染物屋に奉公していたところを、旦那に見初められ、嫁いだお雪。
華やかな着物に身を包み、黒髪を結い上げたその姿は、とても美しかった。
そんなお雪が、今、こんな暮らしに身を落としているのは、全て、自分のせいなのだ。

「先代の旦那様が亡くなった後、あんなことになったのは、あなたのせいじゃないわ」
青木の気持ちを見透かすかのように、お雪は言う。

「でも、もしあの時、全てを諦めて、一からやり直すつもりだったら、すぐに立て直すことも出来たかもしれない。けれど、あなたは・・・」
お雪は、視線を落として、話す。

「でも、もういいの。過ぎたことだから」
きっぱりとした口調で、お雪は言った。

「酒屋の若旦那は、花魁に入れ込んで、お店のお金を残らず使い込んで、ばくちに手を出し、更には土蔵破りまでして捕まったと聞いてるわ。のめり込んだら、そこまで行ってしまうのよ。でもね、相手にとっては商売でしかない。お客がどうなろうと、何の関係も無い。貧乏になって、店にお金が落とせない人間なんて、何の価値も無いのよ」

お雪はそこで、改めて青木を見据えると、
「今、あなたは真面目に働いて、少しずつだけど、暮らし向きは良くなってきてる。私も内職を頑張るから、二人で、太吉を立派に育てましょう」
そう・・結んだ。

青木も、お雪を見つめた。
貧しさにやつれていながら、お雪の顔は、美しく見える。
傍らを見やれば、心配そうな顔つきで、父と母の顔を見比べている、太吉の姿。

どんな境遇に陥っても、お雪は、現実を見つめ、懸命に生きている。
太吉も、こんなに可愛らしく、元気に育っている。

なのに、自分は・・・・・・

「いや・・」
青木は、先程言えなかった言葉を、今度は口にした。
「そうじゃない。山の井に行ったりしてはいないよ。そんな金も無いし。今日は仕事が長引いて、疲れ過ぎたんだ。食欲が無いのは、暑さに当たったのかもしれない」

笑みを見せる青木の顔に、太吉は、ホッとしたような顔をして、言った。
「じゃあ父ちゃん、父ちゃんの分のご飯、もらっていい?」
「ああ。沢山食べろ」
青木は、太吉の頭を、ぐりぐりと撫でた。

「ご馳走様」
そう言って、青木は部屋の角に行き、横になった。

「・・・・・・」
こちらに背を向け、頬杖を付いている青木の姿を、お雪は束の間、見つめた。
それからすぐに、太吉と共に、食事の続きを始める。
青木の背に、太吉とお雪の、笑い声が聞こえてきた。

だが、青木の心は、どこか遠くに行っていた。
妻と息子の健気さを思うと、胸が痛む。

だが、もっともっと、奥深いところで、別の痛みが、青木の身体をむしばんでいた。
その痛みは、突き刺ささるようでありながら、どこか・・・甘美でもあった。






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