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かのん

Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

コメ、拍手コメ共に、過去記事にも遠慮なく投稿いただけたらと思います
レスは「コメをいただいた翌々日までにお返しする」ことを自分に課しておりますが、諸事情により遅れる場合もございます
でも必ず書かせていただきますので
ご了承下さいませm(_ _)m

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「秘密」レビューを終え、エピローグへの願いを創作の形で綴ったところで。
久々に、近況報告です。

※個人的なことばかり、長々と書き連ねております。



前回の近況記事(1/10)を書いてから、5カ月弱。
色々とございました。


1月


大きな行事としては、学区のかるた大会があり、子ども会役員として、準備や練習会等にも参加しました。
昨年に引き続き、大会では読み手を担当し、緊張しつつも何とか無事終えることが出来ました。

また、この月は、実父と義祖父の誕生日がありました。
義祖父は、昔の人らしく、物を長く使うので、一緒に買い物に行くと、穴が開いた財布から小銭が落ちるのを目にしていたので、夫や娘と財布を選んで贈りました。

実父には、これまで、好きな和菓子や、着る物を贈るのが常だったのですが。
今年は肺炎で入院をしていて、口から物を食べられず、服も病院のパジャマを着ていたので、姉はプリザーブドフラワーを、私はカードを贈り、ベッドサイドに置かせてもらいました。
「おじいちゃんへ」という娘のメッセージが書かれ、娘の写真を貼ったそのカードに、病室を訪れる看護師さん達が、父に「お孫さんですか?」と声を掛けてくれていました。

それから、飼い始めて11年になる猫を、ワクチン接種に獣医に連れて行きました。
人間で言えば60代だそうですが、何の問題も無く元気ということで、ホッとしました。

いい場所見つけた

学校では、4年生の冬の恒例行事だという、星座観察会がありました。
監察日に天気が悪くなることも多いとのことでしたが、今年は晴天で、とても良く見え、幸運でした。
子供を送迎するついでに、夫と私も参加して、望遠鏡で惑星や恒星を見てきました。


2月


この月は、夫の誕生日と、義母の誕生日がありました。
夫には、職場で使えるようカーディガンとハンカチを、義母には、車の鍵を付けられるキーホルダーに、花束を添えて贈りました。

プレゼントと言えば、2月にはバレンタインデーもあります。
今年も、義祖父・義父・義妹達の旦那様・姉の旦那様宛に、チョコレートを買って贈りました。
渡す相手の男性達は、何でも喜んでくれるようですが、実際に食べるのは主にその配偶者なので、女性陣の審美眼と舌を意識して、ラッピングが可愛くて味も美味しい物を・・と、毎年気合を入れて選ぶ、なかなかに重要な恒例行事です。

夫にだけは、娘と一緒に手作りのお菓子を贈るのですが。
娘はその他に、仲良しの女友達とも手作りのお菓子を交換するので、大量に作ることになります。
今年は、ホワイトチョコをハート形に固め、メッセージ等をデコレーションした物を作りました。

袋のデコも娘担当

チョコレートを使う時はいつも、チョコの扱いは難しいと感じます。
ケーキやクッキーの方が、簡単だし見た目も綺麗に出来るのにと私が言っても、娘が今年はどうしてもこれを作りたいと言って聞かず。

娘は、週末に友達の家へ遊びに行く等、徐々に行動範囲が広がってきました。
田舎なので、一人で行かせるわけにはいかず、必ず親の送迎が必要ですが。
こうして、段々と手を離れていくのかと感じる今日この頃です。

学校では、10歳の年に行う、2分の1成人式という行事がありました。
子供達が、一人一人、これから先、大人になるに当たっての決意の言葉を発表したのですが。
「夢」「勇気」「希望」といった言葉が並ぶ中で、娘が書いた言葉は「やさしい心」。
これから先、ずっと、この言葉を忘れずにいたいと言う娘に、胸がいっぱいに。

月の半ばには、学区大会を勝ち抜いた子供達による、市のかるた大会があり、私は、誘導係として動きました。
年度末に向かって、役員会等も多く入るようになってきました。

このころ、入院していた父の容体は、一進一退を繰り返していました。
ほぼ毎日、父の病室を訪ね、父の顔を見ては、スタッフの方々に父の様子を伺っていました。
入院していたのが救急病院だったので、いつまでも居るわけには行かず、1月の末から、病院の主治医やケースワーカーの方と相談しながら、転院先を探し、市内の病院を見学して回っておりました。

そして、転院日が決定した矢先。
その転院を前に、2月の末、父が亡くなりました。

私が病院に着いた時は、父は吐血を続けていて、大変な状態だったのですが。
その後、父は落ち着いて、夫や娘、姉夫婦が到着した時には、静かな寝顔を見せてくれていました。
そして、私達が見守る中、主治医の立会いのもと、最後は安らかに、息を引き取りました。

実は、その翌日、メディア芸術祭の受賞作品展を見に、東京に行くつもりでおりました。
最初は、父が亡くなったその日に行く予定だったのですが、急に市の役員行事が入ったので、東京行きは一日延ばしたのです。

行事に行こうと出掛ける支度をしたちょうどその時、父が急変したと、病院から知らせが入りました。
なので、すぐに病院に向かうことが出来ました。
最終的に、東京の姉夫婦も駆け付けるまで、父は頑張ってくれたので、私も東京に行っていたとしても、間に合ったかもしれません。

それでも、もし東京でこの知らせを受けたら、動転してどうなっていたか分からない・・そう思うと、一日ずれたことは、何か、見知らぬ力が作用したとも思えるのです。

初めて倒れてから、10年間。
何十回と危篤状態になりながら、ここまで頑張って、最後には私達家族に看取らせてくれた父に。
そして、そんな父を支えてくれた施設や病院のスタッフ等、周囲の方々に。

感謝しています。


3月


父が亡くなり。
親戚への連絡や、通夜、告別式、また、諸々の書類の手配等、慌ただしい日々でした。

でも、5年前に母が急逝した時とは違い、何だか、気が抜けたような感じでもありました。
母が亡くなった時は、父が、脳と身体に障害を抱えていたとは言え、まだ健在だったので。
動けない父の為に、娘である自分が頑張らねばと、気を張っている部分がありました。

母の通夜や告別式では、施設に父を迎えに行き、喪服に着替えてもらい、すぐに疲れる父を気遣いながらの移動。
訪れる親戚にも、その都度父と引き合わせたり、普通食が食べられない父の食事の世話をしたりと、常に父のことを見ながら、事を進めていきました。

書類手続きも、母の相続人は父である為、何かと言うと、父の代理であることを証明する書類等がいくつも必要になり、何をするにも、何カ所も回らねばならず。
実家と父の施設と自宅、それに役所や銀行を往復して、毎日何十キロも運転して、運転しながら意識が途切れたことも幾度かあります。
それでも、頑張れ頑張れと自分に言い聞かせ、動き回っておりました。

でも今回は、もう、「動けない父の代わりに」という部分が無くなったせいか。
すっかり気が緩んでしまい、何を決めるにも、まあ、ぼちぼちでいいか・・という気分で。

書類手続きも、幾度も、姉と待ち合わせては役所や銀行等を巡り歩いて、忙しかったのは忙しかったのですが。
相続人が、今回は姉と私の本人なので、代理人として行なった時よりはスムーズに済み、特に悩むことも無く、手続きをこなすことが出来ました。

そんな最中。
出産した末の義妹が、赤ちゃんを連れて里帰りしてきました。
約一か月半の間、義母はパートを休み、義妹の旦那様も泊まりに来ていたので、私は沐浴や授乳には手を出しませんでしたが、彼らの食事作りをしたり、義妹達の食事中に赤ちゃんの世話を交替したりと、出来る範囲でのサポートをしました。

赤ちゃんの世話は、体力的には疲れるけれど、亡くなる人もあれば、生まれる命もあるのだと。
抱いた赤ちゃんの温かさが、沈みがちになる気分を癒してもくれました。

3月は、決算時期でもありました。
学区の総会準備や引き継ぎ、市の会計関係の会議等、月の後半は、ほぼ一日置きで集まりがありました。

役員の方々に、父が亡くなったことは話したので、無理しなくていいとは言われたものの、自分だけが担当している役割もあるので、結局は出席することに。
集まりはほぼ夜なので、早めに買い物や犬の散歩を済ませ、夕方5時過ぎには母屋の夕食の支度を終え、それから市街地まで運転して会議に臨み、帰りは10時・・という日々。

家族の協力と理解が無ければ、こなせなかったと思うし、特に娘には、無理をさせていたと思います。

亡くなった父にとって、私の娘は唯一の孫だった為、通夜や告別式の場でも、唯一の子供として、場を和ませてくれた娘。
なのに私は、父が亡くなる前後から、ずっと家を空けてばかりで。
家に居たら居たで、新生児の世話をしていたり、帳簿付けや引継ぎマニュアル作りをしていたり。

前月のうちに雛飾りはしていたと言うのに、ひなまつりの日に、お通夜が重なってしまい、それどころではなかったし。
ホワイトデーも、また手作りをする予定だったのに、既製品に変更になってしまったし。

だから、娘が春休みに入ってからは、なるべく娘と過ごすようにと。
相変わらず、赤ちゃんは居たし、夜は集まりが入りましたが、家事や買い物等を計画的に終わらせ、昼間は娘との時間を作りました。

一緒に図書館に行ったり、映画を見に行ったり。
映画は、以前から娘と見ようと約束していた「長靴をはいた猫」を見ました。
普段は大人しい娘が、映画の時はあまり周囲を気にせず、驚いたり笑ったりするので、私も一緒になって大声で笑って楽しみました。
ついでに、一緒にプリクラを撮ったり、クレープやアイスを食べたり。

実は、バレンタインデーに、一緒に作ったチョコのうち、「これはお母さんに」と、娘からもらった分がありました。
なので、ホワイトデーには、私から娘にお返しをしました。
贈ったのは、アイスクリームショップのギフト券。
「これで、アイスクリームデートしてね」とメッセージを添えて。

ちょっとズルいかもしれないプレゼント

この日は、そのギフト券を使って「私がおごる」と娘。
贈っておきながら、自分がいい思いをする、ちょっとズルいプレゼントでしょうか。

出掛けるだけじゃなく、家で一緒に、私の車を徹底的に洗ったり。
娘の持ち物の片付けや掃除を、一日がかりで一緒にやったり。
一緒にラスクを大量に作って、母屋の年寄り達にも分けたり。
あえて何も予定を入れない日を作って、二人でゴロゴロしたり。

10日間の春休み、娘と濃密な時間を過ごしました。
友達との交流が増えてきた娘は、そろそろ親から離れる頃かもしれません。
それを考えると、娘とこんな交流が出来る春休みは、もう最後かもしれないと思いつつ。


4月


月の前半は、子ども会の学区の総会に始まり、市の総会が終わるまで、集まりごとが続きました。
私は、市の会では会計を担当していたのですが、最後の最後、会計監査の当日に胃腸炎を起こしてしまい、高熱と下痢に見舞われながら、持っていた帳簿を会場まで届け、後は他の方々にゆだねることに・・。

でも、その帳簿は無事監査を通ったようで。
4月半ば、市の総会当日に、各学区の集金業務を終え、2年間に渡る(正確には2年と3カ月)役員の任期が終わりました。

昨年度は、PTA役員等も兼ねていた為、6つの役職を掛け持ちしていたのですが、そのうち4つの任期が終わり、今年度は2つだけ、と思っていたら。
新たな役職が当番で2つ回ってきて、結局今年度も4つ掛け持ちすることに・・・。

パソコンが出来るからと、早速、立哨当番表の作成も引き受けてしまったし。
まあ、家での文書作りは苦にならないので、別にいいのですが。

いずれにせよ、市の役員をやっていたことを思えば、負担は軽いものです。
市の総会が終わったその日は、ワインを開けて自分に祝杯を挙げました。

何故そんなに色々と回ってくるのかと言えば。
住んでいる地区に、子供がほとんど居ないせいで。

33学区ある市の小学校の中で、100人に満たない学校も、千人を超す学校も、「平等に」役員を市に出すことになっているし。
学区の中でも、50軒以上ある子ども会も、数軒だけの子ども会も、「平等に」全ての役員が回ってくる。
だから、小さいところは、そのほとんどが掛け持ちせざるを得ないのですが。

何故こんなに役員が、集合体が必要なのか・・地域に住んでいるからには、助け合い、貢献することが必要だということは分かるのですが、子供が居ない時は全く関係無かっただけに、子供が1人居るだけで、これ程多くの負担を背負うのかと、驚くことばかりです。

役員の中には、「負担」ではなく、「権利」であり「楽しみ」であると前向きに捉えている人も多く、そういった姿勢は尊敬するし、やるならその方が良いのだろうということも分かるのですが。
私は、「子供の為」の役員活動であるならば、自分の子供と居たい、自分の子供を残して家を空けることをどうしても負担にしか思えない・・こういった役員活動に、向いてないのだと感じます。

行事や会議が終わると、残っておしゃべりをしている人も多い中、真っ先にその場を出て帰るのは、いつも私だったりします。

今年度は、地元の子ども会は、昨年6年生だった2人が卒業し、遂に、5年生の娘1人だけになってしまいました。
登校班も1人で、娘は、ランドセルに班長と副班長、2つの腕章を下げ、私の送迎で学校まで登校しています。

1人だけで不憫と思うのは大人だけで。
本人は、学校まで車に乗って行けるし、歩いて行っていた時に比べて登校時間に余裕も出来たので。
朝からお手伝いをしてくれたり、テレビを見たり、帰りは、車に乗るなり背もたれを倒して横になったり・・・
この状況を、大いに満喫している様子。

幼稚園生の頃から、背の順では一番前で。
「前へならえ」で腰に手を当てること、7年目を数える、おチビの娘。

でも、よく熱を出して休みがちだったのに、気が付いたら、滅多に休むことも無くなっているし。
先生の方から名指しされなければ、自分から手を挙げて答えることなんて無かったのに、授業参観に行ったら、挙手して答えているし。
若干、親に口答えをするようになってきた点も含めて、成長しているのだと感じます。

おチビなりに身長の伸びた娘に、新しい服を買おうと、少し離れた大きなショッピングモールにまで買い物にも行きましたが。
「これも可愛い!」「これはどう?」と、積極的なのは親ばかり・・・
「要らない」「同じようなの持ってるから」とクールな娘は、何とか、ワンピース2枚とデニムパンツを1本だけ、買うことを承諾してくれました。

マキシワンピなんていつ着るんだよと横から言われつつ

娘は、今年度から始まった委員会は、保健委員に入り。
曜日ごとの当番で、昼休みに保健室でけが人の世話をしたり、クラスの子の清潔検査をしたり、その結果を放送で発表したりと、「色々と忙しくて」とのこと・・・。

去年は手芸だったクラブ活動、今年はパソコンクラブに入ったということで、パソコンに興味を持っている様子。
でも、自主学習を、すぐにネットで調べて丸写しするのは止めようよ・・・。
ネットは大きな情報源だけれど、それは一部でしかない、本や新聞等と併用し、そこから自分で考える・・ということを教えたいのですが、なかなか上手く伝わらず、目下の課題です。

月の後半には家庭訪問があり、先生をお迎えしました。
今年の担任は、学校一怖いと評判の年配の女性の先生なのですが・・話してみたら、一生懸命で正直な素敵な先生。
ついつい話が弾んで、気付いたら、予定時間の10分を大幅に超えて、50分近く話していたような・・この日は最初だったのに、後の方、遅れてごめんなさい・・・。

農繁期にも入り、週末の天気のいい日を選んで、家族総出で、育苗箱に種を敷き詰める作業をしました。
翌日は身体があちこち痛くて、自分は鍛え方が足りないと、翌日も畑仕事をしている義父母を横目に、しみじみ思うのでした。

4月は、犬の予防接種の月でもあります。
年に一度の、狂犬病予防薬と、混合ワクチンを打ってきました。
ついでに血液検査をしたところ、問題無いとのことで、ひと安心。

うちの犬は、6年前に迷い込んできた時に、既にフィラリアに感染していて、丸2年間の投薬の末に完治したので、また病気に掛からないか、つい心配してしまうので。

そんな日々の中。
父の50日祭(四十九日の神道版)を行いました。

姉夫婦と夫と娘と私の5人のみで。
式場とお墓で儀式を執り行い、終わって外に出てみれば。
墓地に隣接する公園の桜が満開で。

せっかくだから近くで見てこよう・・と散策し。
更に、中の遊具で遊ぶ、娘と、娘以上に子供のような姉。
姉は、自分に子供が居ないせいか、それとも元々の性格か、いつも私の娘と一緒になって遊んでくれて。
喪服がホコリで真っ白になってるよ・・と呆れる、義兄と私。笑っている夫。

そう言えば。
伯母の葬儀の時、まだ元気だった母が言っていた。

姉夫婦と私達親子。
5人で立ち話をしていたら、皆、一緒に居て自然で、誰が実の兄弟姉妹で、娘が誰の子供か、まるで分からないようだと。
そう、親戚皆に言われて、嬉しかったと。
これからも、ずっと仲良くねと、そう、母は言っていた。

散る桜を見上げながら、何だか、泣きたくなってしまった。
それは、悲しくてではなく・・・自分でもよく分からない、不思議な感情を持て余していた、穏やかな午後でした。


5月


ゴールデンウィークの前半は、田植えの日々でした。
実際に田植え機を動かすのは、主に義父、時々夫。
更に夫と義母は、育苗箱を田んぼまで運んで機械に乗せたり、機械の入らない細かいところを手植えしたりします。

娘と私は、朝食・10時のお茶・昼食・3時のお茶・夕食・・と、支度をしては、外のテーブルに出したり、離れた田んぼまで運んだり、片付けたりの繰り返し。
ゴールデンウィークの前半で田植えが終わったので、後半は遊びに出掛けました。

農作業は天気に左右される為、いつ終わるか当日まで分からないので、ゴールデンウィークに事前に宿泊予約を取ることが出来ないので、近場に日帰りでのお出掛けです。

娘と二人で、映画「ももへの手紙」を見に行ったり。
夫も交えて、近所のショッピングモールでお買い物&ランチをしたり。
県内のアウトレットで、親子3人で一日過ごしたり。
義父母も連れて、お祭りを見に行き、ついでに近くの遊園地で遊んだり。

遊園地では、夫と義父母は入り口で休んでいて、娘と私だけ中に入ったのですが。
観覧車や回転カップはいいとして、コースターのような高いところにあるレール上を、自分の脚でペダルを漕いで進む乗り物は・・・ええ、途中から私一人で漕ぐことになることは、分かってましたよ。
娘よ、あなたが乗りたいと言ったその瞬間から、分かってたことなんだけどね。

でも、山頂のあんな高い所から、眼下に街を見下ろしながら自転車を漕ぐなんて、なかなか無いかもね。
いい経験にはなったけど・・太ももが悲鳴を上げましたよ。

車を出し、お金を出し、飲み物だ何だと世話を焼き、娘の要求を全部飲みながら、それでも、娘の楽しそうな笑顔や、観覧車で遠くを見る横顔に、すべて報われた・・と思ってしまう自分に・・・

「Sづさんちの薪さんと青木のデートみたい」
・・と、思ってしまったことは誰にも言っておりません。

ゴールデンウィークが明けると、学校では、運動会の練習が始まります。
高学年は、自分の競技以外にも係活動や準備があり、5時間の日も6時間目に活動をして、娘は遅く帰ってくる日が続きました。

学校での田植え会等もあり、低学年の子が、上手に植えられないということで、娘はしっかり面倒を見てきたようです。

娘の学校では、縦割り班活動と言って、1年生から6年生までがグループになって活動する機会が多いのですが。
これまで、面倒を見てもらう側だったのが、面倒を見る側になってきて、一人っ子で大人に囲まれている娘には、いい経験だと思います。

私は、役員として学区の球技大会に関する集まりに出たり、PTAの奉仕作業に行ったりと、ちょこちょこと行事が入り。
夫は、今年も、職場の野球部の週末練習が始まりました。

身内の行事としては、母の日や、姉の誕生日がありました。
義母には、母の日には外食に行こうと誘ったのですが、90歳を超える義祖父を連れ出すのが大変ということで、ウナギ屋さんの蒲焼を買って家で食べることに。
それだけでは寂しいので、お花のアレンジメントを贈りました。

娘はというと、なんとこの日にお友達の家に遊びに行く約束を入れてしまい、朝からお出掛け・・・。
ええ、いいんですよ。

代わりに夫がランチに誘ってくれ、どうせ二人で行くなら、娘が同席している時は入らないようなお店がいいという私の要望で、和食居酒屋さんのランチをいただきました。

夜には、義母を訪ねてきた義妹達家族を交えての夕食。
12人分の食事の支度と片付けをして、いつも以上に忙しい日となり。

すっかりこれで母の日は終わった物と思っていたら、離れに帰ってから、娘からのメッセージカードが。
更に、「今日は、お風呂上りにマッサージしてあげる!」
・・・ええ、分かってます。自分が簡単に落ちてるってことは。

姉の誕生日には、いつも私の娘に誕生日プレゼントをくれる姉に、娘からのメッセージカードと、焼き菓子を贈りました。
姉は、以前会員登録したまま一度も行かずに忘れていたフレンチレストランから、スカイツリータウンに出来た支店の優待葉書が届き、オープン2日目、自分の誕生日当日のディナーの予約が取れたとのこと。

「ちょっと高いけど、バースデーケーキも頼んじゃった!」
はしゃぐ姉からは、当日、窓越しに見えたスカイツリーの足元の写メが送られてきたのでした。

自分で見に行くのは何年後か・・

金環日食の日、娘はいつもより30分早い登校で、学校でピンホール観測をしたそうです。
私は、カメラ屋さんで購入した日食グラスで、自宅の庭で観測。
ちょうど日食が輪になる時間には、母屋に行き、義父母にもグラスを貸して、3人で交替で眺めておりました。
素晴らしい晴天で、くっきりとした日食が見られました。

先週末には、娘の学校の運動会がありました。
競技はもちろん、ひときわ小さな身体で、低学年の誘導をしている娘の姿を、目で追ってしまいました。

見に来ていた義父母も、敬老種目に参加して景品をもらい。
夫や私も、借り物競争(「眼鏡をかけている人」「この小学校の卒業生」等のプラカードを持って子供達が観客席に呼び掛け、該当する保護者が一緒に走る)に参加したり、保護者も参加のダンスで娘と踊ったりして・・・翌日、筋肉痛になり、運転する際、ブレーキに足を掛ける度に太ももの内側がピリピリしておりました・・・。


そんなこんな、毎日でございました。

一番大きかった出来事は、やはり、父が亡くなったことで。
そこに、新生児の受け入れや、年度末決算、農繁期等が重なって、あっという間の日々でした。

夏にはまた、球技大会や夏休み、お盆等が入ってきますが。
それまでの間、梅雨の最中の農閑期。

「秘密」メロディレビューも終わったことだし、すっかりご無沙汰してしまっている皆様のブログに、お邪魔出来たらと思っております。

ツイッターも、一時は心身が追い付かなくて、更新通知を外しておりまして、皆様のツイートを全く拝見しておらず。
何の為にフォローしているのか、皆様には不義理のし通しで申し訳なく。
この度、更新通知をまた設定したので、皆様のつぶやきがすぐに読めるようになりましたので、また絡ませていただけたら・・と思います。

そんなわけで、しばらくはご訪問に時間を割きたいので、当ブログの更新は滞るかと思います。
申し訳ございません。

交流が出来なかったり、更新が滞ったり、コメレスが遅くなったり。

こんな状態にも関わらず、ご訪問下さる方、見守って下さる方、拍手やコメントを下さる方、どうもありがとうございます。
過去記事を続けて読んで下さっているどなたかにも、お礼を申し上げます。

近況報告と、ご挨拶でした。






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■ 非公開コメ下さったKさま

〇6/1に非公開コメント下さったKさま(←読み方は「K」様でよろしいでしょうか)

はじめまして。
いらっしゃいませm(_ _)m
ご訪問&コメントありがとうございます。

お話を伺い、私も、4年前の自分を思い出し、懐かしい気持ちになりました。
「秘密」にハマってから3か月半、自分のブログを立ち上げるまでの間、ありとあらゆる「秘密」ブログを巡り歩いては情報を集めておりました。
その頃は、今ほど「秘密」専門ブログさんが無かったこともあり、専門ブログだけでなく、様々な漫画感想やアニメ感想を書いている方の「秘密」感想等もチェックして、あの3か月間に書かれた日本語の「秘密」感想はほぼ読んだのではなかろうか・・と思った程でした(^^;)

9巻以降は内容もハードなだけに、なおのこと、他の方のご感想も見てみたくなりますよね。
そんな中、当ブログ記事をお読み下さいましたこと、感謝申し上げます。

お一人なのか複数の方なのかは分かりませんが、最近ずっと、過去記事に拍手を下さっている方がいらして。
特に二次創作は、あきらかに通して読んで下さっているようなので、どなたか改めて過去記事を追って下さっていると分かりまして、こちらの記事に、お礼の言葉をしたためました。

レビューや二次創作をお読み下さっているそうで、改めて、お礼申し上げます。
どうもありがとうございますm(_ _)m

もったいないお言葉に、何と申し上げたらよろしいか・・
とても嬉しく、特に、二次創作に対する「静かな温かい余韻」というお言葉には、じわっと来る物が・・(;;)
こんな風に受け止めていただいて、本当に幸せです。

「秘密」を、薪さんを、愛する気持ちだけで書き綴っている拙い物ですが、それで少しでも楽しんでいただけるのであれば、これ以上の喜びはございません。

「秘密」は、大好きな趣味であると同時に、思い入れが強過ぎて辛い部分も多々あり、複雑な思いで向き合う日々ですが。
優しいお言葉をいただいて、ブログをやっていて良かった、これまで記事を書いてきて良かったと、しみじみ思うことが出来ました。

本当に、どうもありがとうございました。

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