カウンター


プロフィール

かのん

Author:かのん
薪さんと同身長が自慢です

基本、「薪さんと鈴木さんは精神的両想いだった」「薪さんと青木には、心身共に結ばれてほしい」という、偏った視点で書いております
創作も主に、薪さんが「青木と幸せになる未来」と、「鈴木さんと幸せだった過去」で構成されております

コメ、拍手コメ共に、過去記事にも遠慮なく投稿いただけたらと思います
レスは「コメをいただいた翌々日までにお返しする」ことを自分に課しておりますが、諸事情により遅れる場合もございます
でも必ず書かせていただきますので
ご了承下さいませm(_ _)m

リンクは嬉しいので、ご自由にどうぞ♪


当ブログ拍手頁

最新の公開拍手コメのレスはこちら それ以前の公開拍手コメ&レスは、各記事の拍手ボタンを再度押していただければ読めます 鍵拍手コメにつきましては、拍手をいただいた記事下コメント欄にレスを書いております

所属してます♪


月別アーカイブ


最新記事


最新コメント


検索フォーム


 
実写映画「秘密 THE TOP SECRET」を観て参りました。

※前置きが長いので、手っ取り早く感想を読みたい方は、中程の『映画感想』にお進み下さい。


まず、私は清水玲子先生の漫画「秘密 THE TOP SECRET」の実写映画化には、反対の立場でした。
何故なら、「原作を使用する」という事は、「原作の使いたい設定だけ使用して自分の描きたい世界を作る」事であり、原作に流れている精神や、原作で描きたいテーマ等は完無視であるという事が、先にアニメ化された物を観て、分かっていたからです。

私が心から愛する「秘密」の原作世界が、その精神が、全く違った物にされてしまう、それは本当に辛い事でした。
でも、既にそれは決定事項であり、一読者の私が反対したところで、覆るものでもない。
しかも、どんな事情であれ、原作者である清水先生が了承した企画であるのなら、それは受け入れるしかない。
そう割り切るしか、有りませんでした。

映画化されたら、それをきっかけに原作の「秘密」を知る人も増えるだろうと、そのメリットにすがるような思いでした。
ただ、アニメ化の際もそうでしたが、原作を読んでくれたら良いのですが、アニメしか観ずに、清水先生批判をする人もネット上で見掛けたりしたので、映画化に当たっても、映画だけを観て原作まで判断されてしまうのではないか…そんな事も考えては、身を切られるような思いでもありました。

いずれにせよ、清水先生が描く「秘密」の世界と、実写映画「秘密」の世界は別物である。
そう思ったら、映画には関心が薄れ、特に情報を追う気にもなりませんでした。
けれど、地下鉄構内にポスターが貼られる等、色々な企画が盛り上がる事は、やはり映画化のお陰であり、その点には感謝しました。

「別物」と割り切ってしまえば、映画「秘密」は、元々アニメ以外は邦画に興味の無い自分にとって、特に観たいと思えるようなものでもなければ、絶対に観たくないという執着も無い、他のあまたの日本映画と同じレベルの物でした。

けれど、ツイッターで映画「秘密」についてファン同士語り合う様子を見て、これは、自分が観なくても、一ファンである限り、観た方々の映画の情報がそのうち目に入ってくるだろうと。
その時に、自分が観もしないのに、人の感想だけで「やはり実写化は失敗だった」等と判断したくないと思いました。
自分の目で確認していれば、否定意見であれ、肯定意見であれ、他人がどう言おうと自分の気持ちが揺らぐ事はなく、傍観していられます。

そういった、公平な目でいたいという思いから、映画を自分の目で観に行く事にしました。
事前にムビチケを買い、リアルの予定が色々立て込んでいるので初日の午前中しか観る時間が無く、結局初日の初回に予約を取りました。

「別物」とは言っても、やはり薪さんに関わる物を観に行くと思うと、メロディ購入時と同様、ちょっといつもより服装や化粧にも気合が入る自分が居ました。

映画館に着いてみると、このシネコンの8つあるスクリーンの中で2番目に広い300席程のフロアでしたが、実際に入っているお客は30人程。
男女比は半々。
見たところ、30代から60代位。全体的に年齢層が高めだと感じました。
一人で来てる人、女性二人、年配のご夫婦等。
生田さんを初めとした俳優さん達のファン、大友監督のファン、それに純粋に面白そうな映画だと興味を持って来た人等が交じっているのでしょうか。

この中に、私のように原作のファンだからという人も居るのだろうかと思いつつ、映画に臨みました。


『映画感想』


※完全ネタバレです。
※かなり否定的な意見です。少しでもこの映画を気に入った方、批判的な感想を目にしたくない方は、読まない事をお勧めします。



…開始10分で、映画館を出たくなりました。

原作ファンには、それが原作とは「別物」だと分かっていても、色々と変更されていると覚悟して臨んでも、「この部分だけ」「ここだけは」変えて欲しくないという一点が有ると思います。
私の場合、その一点が何なのか。
映画を観るまでは、自分でも意識していませんでしたが、観ているうちに気付きました。

この映画では、まるで、彼らが「悪意」や「怒り」や「混乱」によって、捜査に挑んでいるようだと。
原作「秘密」の世界では「善意」や「良心」や「正義感」によって、この過酷な捜査に挑んでいるのにと。

原作と映画の違いは、キャラの改変、ストーリーの改変、色々有ります。
でも、そういった事は最初から覚悟していましたし、映画は原作をなぞる物ではないので、仕方のない事だと思います。

でも私は、どんな改変がされても、彼らの、第九捜査員達の「思い」は、変えて欲しくなかったんだと思います。
世間で忌み嫌われるような捜査に、実際に狂うような過酷な画像に、何故立ち向かうのか。
被害者の思い、加害者の思い、それらをどんな思いで彼らが見ているのか………

私は「第九」の、彼らのその思いを、心から愛しているんだと、映画を観ていて気付きました。

そしてまた、「第九」の雰囲気。
映画の「第九」では、捜査員同士の互いに対する思いやりが、一切見えてきません。
原作の「第九」に有る、辛い捜査に立ち向かうからこそ、そこに生まれる連帯感、互いへの尊敬や労わり…
あの第九の雰囲気もまた、私は深く愛しているのだと分かりました。

映画では、薪さんが倒れても「いつもの発作です」とあまり心配もせず慣れた手つきで処置する彼ら。
危険な鈴木さんの脳=貝沼の映像を薪さん一人で見るというのに、止めもしない彼ら。
5時間も薪さんが脳を見続けている間に、一体彼らは何をしているのか…せめて他の捜査をしているとでも描写が出てくればまだ分かるけれど、モニターが切れた状態のまま、ただただ待っているだけ。

そこに現れた雪子の「危険よ」の言葉で慌ててモニターをオンにする彼ら。
外部者の雪子に一体何の権限が?
そこは同じ第九の捜査員が心配し、岡部さんとか今井さんとかが判断して薪さんの行動を中止させるところでは?

青木が薪さんに鈴木さんの脳を見せるという設定では無いから、青木が傍に居ないのは仕方ないとしても、第九捜査員、何の為に居るのか?と思ってしまう。
第九って、エリートの集団じゃなかったっけ…?
彼らの様子には、温かい連帯感、人の情、そういった物も感じられなければ、エリート集団であるという有能さも全く見られない。
ただ、無表情や、眉根を寄せた表情のいずれかで、無機質に話を進めるだけ。

薪さんも、青木が初めて危険な捜査に挑むというのに、別室で何か飲みながら物思いに耽ってるっぽかったですが、そんな、新人部下を放置するような室長で良いのでしょうか。
部下を思う室長…という部分もなおざりにされているので、絹子が後で「あなたの可愛い人が死んでしまう」等と電話してきても、そんなに部下を思う描写が有ったかと思ってしまいます。

絹子や、原作では4巻になってから出てくる雪子を出したのは、貝沼事件だけだと男性しか出て来ないから、「秘密」の華である二人の女性を出したかったのは分かります。
けれど、貝沼事件と絹子事件を結び付けた事で、事件に色々と無理や矛盾が出て来てしまった。
これ、原作を読んでいない方は、どう自分の中で辻褄を合わせるのでしょうか。

また、オリジナルキャラの存在。
大活躍の眞鍋さんでしたが、終始わめいたり蹴ったりと、非常に存在がうるさかった。
対して、精神科医の斎藤さんは出てくる必要が有ったか?という作り。
薪さんも過去に診ていたという設定らしいですが、それが生かされる様子も無く終わりました。

他にも、薪さんのデスクらしき所に入っていた鍵は何だったのか、とか。
薪さんがシャツの中に暑苦しそうなインナーを身に着けているのは何故、とか。
青木の家族の事件の説明は、とか。

色々と回収されていない事項も多過ぎます。
これは、続編を意識しての事かもしれませんが。

それと。
事件の性質上、陰惨なシーンやセックスシーンが出て来るのは、まあ必然と言えるでしょう。
けれど、その描き方がどうにもしつこいと言うか、これではまるでエログロな映像を目指していると思われ兼ねない…と感じられたのも、原作ファンとしては辛いものでした。

そして。
原作の貝沼事件では、鈴木さんが、ただ貝沼の狂気の映像によって錯乱しただけでなく、薪さんを守りたいという思いから、あの最期に至ったという結末が、読者に言い知れぬ切なさと感動を与えます。
それが映画では、あっさりと、その現場をその時点では見てもいない雪子の口から薪さんに語られるのも拍子抜けでした。

そしてラスト。
犬の視界はもっと色味の無いものの筈なのに、鮮やかに映し出されていく…これが納得出来ないせいで、「美しい」と言葉で表されても、全く美しいと響かない…

結論を申しますと。
原作の、「良いキャラ」「良い設定」「良いシーン」を、沢山集めているにも関わらず。
映画としては、その原作の持つ良さが、全くと言っていい程、描かれていませんでした。
そんな事は無いと、反論する方も居らっしゃるでしょう。
でも、私の目にはそう映りました。

原作を意識せず、原作未読の人がこの映画を観たらどう思うか。
「面白い設定」「衝撃的な映像」だとは感じるでしょうし、色々と考えさせられる部分も出てくると思います。
でも、そこに「感動」や「共感」は、全く生まれないのではないでしょうか。
実際のところ、私自身は原作を読んでいるので、原作を未読の方の意見が正確に分かるわけではありませんが。

開始10分から、最後まで。
帰りたい、まだ終わらないのかな…と思いながら、でも最後まで自分の目で確認しなければという思いで観続けた、長い長い2時間半でした。


『舞台挨拶ライブビューイング感想』


エンディングを最後まで観終え、なかなか客席の明りが付かないな…と思っていたら。
東京の映画館での舞台挨拶の生中継が行われるとの表示が。
前情報を入れていなかったので、驚きました。

中継は、舞台に出る前の、袖で待機する面々の様子から放映。
「既に中継されてるんですよね?」「嘘じゃないですよね?」といった俳優さん達の会話からスタート。
そして中継は舞台へ。

主要キャスト6名と、大友監督が、司会の方から順に紹介されました。
それぞれ挨拶をし、それから全てのライブビューイングが行われている劇場147館の名前が書かれたカードを出演者と監督が引き、オリジナルグッズが一つの映画館での鑑賞者に当たるという抽選が行われ、最後にまた監督と主演の生田さんが挨拶して終わり…という流れでした。

この舞台挨拶を見て思ったのは、皆様、カッコイイ。可愛い。

実は、絹子なんて原作では美少女設定なのに、映画ではそうは見えない、別に映画では美少女なんて言われてないからいいのか…なんて失礼な事を思っていました。
それが、舞台上の織田さんの可愛らしいこと。

栗山さんのことは、元々私はファンなのですが、生中継の修正無しの画像でアップになっても、どこまでも美しかった…!
お顔はもちろんの事、ギリギリなお衣装から見える胸元のお肌まで。

生田さんや岡田さんや松坂さんも、皆イケメンで可愛かった。
映画では作られた役でカッコ良く見えても、素に戻るとそうでもない…という俳優さんも居らっしゃるかもしれませんが、彼らはむしろ逆で、スクリーン上よりも素敵に見えました。
まあそれだけ、役柄では、精神的にキツく身体的にも血にまみれたりとハードな撮影だったのだと思いますが。

特に岡田さんなんて、映画では始終渋い表情でしたが、笑ったらホントに好青年で。
この笑顔で青木の役を演じて欲しかったよ…!
大友監督! 青木はこんな爽やかな笑顔の青年なんですよ!
…と、声を大にして言いたかった。

抽選では、俳優さんと監督、7名が1枚ずつカードを引き、その後にジャンケンをして勝ち残った人が引いたカードの映画館にグッズが当たるという流れでしたが。
最後に残った二人が岡田さんと松坂さん、つまり青木と鈴木さんで。
その二人が薪さん(生田さん)の前で対決して、鈴木さんが爽やかに勝ち、青木が「ああ、やっぱり…」と言いつつ負ける構図が、何だか映画本編より、この舞台挨拶の世界の方が、原作「秘密」の世界に近い感じがしました(青木、なんかごめん)

本来、「第九」は、こういう明るい世界なんですよね。
暗い事件を扱うからこそ、ハードな捜査だからこそ、捜査員達は明るくなければ務まらない。
なのに、最初から最後まで陰鬱とした表情で倒れたり叫んだり成すすべも無くいたりと、映画は重く暗いばかりで、人の温かさが感じられなくて…

映画を観終った瞬間は、これならパンフも要らないな…と思っていたのですが。
舞台挨拶を見たら、出演者達に親近感が湧いて、買って帰ろうかなという気分になりました。

映画の出来は、私自身にとっては惨憺たる物でしたが。
出演者の方々の熱意は感じられたし、応援したい気持ちにもなりました。

最後に…皆、原作読んでね。






関連記事

コメント

■ 鍵拍手コメ下さったAさま

〇8/8に鍵拍手コメント下さったAさま

Aさん、コメントありがとうございます。
いつも見守って下さり、本当に感謝しております。

そんな疲労感が有りましたか。
ギュッと詰まった濃い内容ではありましたよね。

そうなんですよね…原作ファンが不満を抱くのは、まあ漫画の実写化の宿命みたいな物なので、ある程度は仕方無いにしても、原作を知らない方が楽しめているのであれば良いのですが…
私自身は最初から実写化に反対でしたが、それでも実写映画化されるならば、清水先生がお喜びになるような、楽しめる映画であって欲しい、ヒットする映画であって欲しいと思っていましたので。
でも、この映画で、原作を知らない方が内容を理解し楽しめるのかどうか…甚だ疑問です。

おっしゃるとおり、互いを大切に思う気持ちや絆が全く感じられない。
映画化するに当たり、ストーリーを変えたり、キャラ設定を変えたりと、漫画とは表現の仕方は違っても、根っこに流れてる物は同じように描いて欲しい…という思いが自分の中に有ったのだと、映画を観て気付きました。

そしてオリキャラ。
寛容なAさんにまで不快と言わせてしまうなんて、ある意味凄い事ですね…
でも全く同感です。
「そんなの付けてて気持ち悪くないですか?」と青木が言った瞬間、「えええっ!?」となって、「ホントに気持ち悪いよっ」と、思い切り引いてしまいました。
原作の青木だったら、遺留品に手を出すなんて「死者に対する冒涜です!」と本気で怒るところですよね。
後で遺族に返して済むとかいった問題では無いと思います…

そう、結局は、こういった映像を撮りたかったんだろうなと。
視覚的な面白さばかりを追求した結果、ストーリーは破綻してしまっていた…という事なんだと思います。

まあ、アニメの時も、Aさんのようにそこから原作のファンになった方も居らっしゃるわけですから、今回の映画化でも、原作が広く知られるきっかけになったら嬉しいですね。

ありがとうございました。

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

■この記事のトラックバックURL

⇒ http://kanon23.blog36.fc2.com/tb.php/974-925eb254

この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

■この記事へのトラックバック

 | BLOG TOP |